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2023年度 研究成果報告集

2021年度
精神薬療分野 若手研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
横塚 紗永子
アブストラクト
研究報告書
信州大学医学部医学科 精神医学教室高齢初発カタトニアに対するトランスレーショナルリサーチ100
カタトニア症候群は精神疾患や身体疾患でみられる精神運動性障害で、ベンゾジアゼピン系薬剤やECTへの治療反応性が高いことから共通の生物学的基盤が示唆されているが、その病態は不明な部分が多い。当研究は、50歳以上で発症した高齢初発カタトニア症候群において、特異的な臨床症状を基に病因遺伝子を解明することを目的とした。高齢初発カタトニア患者44人と家系内で精神疾患を有する家族のうち、当院受診中の5人を対象に全ゲノムシークエンスを行った。解析の結果、11の病因遺伝子変異を同定した。これらの変異はユビキチンプロテアソーム系のタンパク分解や小胞輸送に関連し、高齢初発カタトニアの分子基盤解明に向けた新たな知見を提供している。今後の解析と検証が待たれ、高齢初発カタトニアの治療法開発に寄与することが期待される。

2022年度
精神薬療分野 一般研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
久島 周
アブストラクト
研究報告書
名古屋大学医学部附属病院ゲノム医療センター全ゲノムシーケンス解析に基づく統合失調症・自閉スペクトラム症の病因・病態解明100
自閉スペクトラム症(ASD)の遺伝要因を解明するために、全ゲノムシークエンス解析を実施した。ASD患者とその両親を対象に、Illumina NovaSeq6000シークエンサーで解析を実施し、5つの既知ASD関連遺伝子にde novoの非同義的バリアントを発見した。これには4つのミスセンスバリアント(MCM6 P149S、KMT2C E3717D、CLTC V727A、PTEN L320S)と1つのノンセンスバリアント(CHD7 W2090*)が含まれる。また、ASDと関連が報告されている病的なゲノムコピー数バリアント(16p12.1欠失、15q11.2-q13.1重複、1q21.1重複+15q11.2欠失)を3例の患者で同定した。本研究は、ASDの病態解明、診断法開発、新規治療法の開発、遺伝カウンセリングの充実に寄与することが期待される。
久保 健一郎
アブストラクト
研究報告書
東京慈恵会医科大学医学部 解剖学講座先進的解析技術を用いた精神疾患の分子細胞病態の探索100
統合失調症をはじめとする精神疾患の病態は依然として不明な点が多い。また、新たな作用機序に基づいた薬剤の候補が存在しないなど、治療法の開発が滞っている。その要因の一つに、ヒトの脳サンプルを得ることが著しく困難であることが挙げられる。本研究では、統合失調症に罹患した患者と正常対照者の死後脳を用いて、先進的な単一細胞解析や空間的遺伝子発現解析を行った。得られた大規模データを用いたインフォマティクス解析と死後脳を用いた検証を行った結果、統合失調症のサンプルでは、正常対照群と比較して、アストロサイトに関連する分子の遺伝子発現が変化していることを見出した。また精神疾患との関連が知られる脳部位である前障に特徴的な細胞移動機構を見出した。精神疾患の発症には、発生・発達段階での様々な要因が関与するとされるが、それらの要因によって、今回見出されたアストロサイト関連シグナルの変化等が生じている可能性がある。
武井 雄一
アブストラクト
研究報告書
群馬大学医学系研究科 神経精神医学教室治療抵抗性統合失調症を対象とした安静時脳機能ネットワークのグラフ理論解析研究100
統合失調症の一部は治療抵抗性統合失調症(TRS)であり、持続的な精神病症状を示す。本研究は、高解像度のMEGを用いてTRSの脳機能ネットワークを分析し、非TRSと比較して治療抵抗性の形成に関わるネットワーク変化を明らかにすることを目的としている。グラフ理論解析により、TRSではhigh beta帯域で特に内側前頭前野と側頭部でClustering coefficientが顕著に低下していることが示された。さらに、DeltaとTheta帯域においても低下を示し、TRSの形成には高周波数のみならず、低周波数ネットワーク障害が関与する可能性を示している。これらの知見はTRSの病態解明に対する臨床的意義が高いと考えられる。
溝口 博之
アブストラクト
研究報告書
名古屋大学医学部附属病院 薬剤部統合失調症におけるReelinシグナルの機能回復に向けた新たな治療戦略の開発100
本研究では、統合失調症モデル(Reln-del)マウスを用いて、統合失調症の病態解明とReelin 補充療法のメカニズムの解明を行った。その結果、Reln-delマウスの前頭皮質における興奮性神経と抑制性神経の形態的異常を証明することができた。また、Reln-delマウスは社会性行動異常を示すことを証明した。おそらく、興奮性と抑制性神経の形態的異常は、回路機能的低下を招き、社会性行動の異常を引き起こしたと考える。今後は、この表現型に対して、Reelinの補充が緩解させるかどうか検討する。さらに補充により、抑制性神経や興奮性神経の機能そのものが緩解されるのか、あるいは形態的異常が緩解されるのか検討する予定である。本研究成果は精神疾患病態の理解と新規治療法の開発に向けた基礎と臨床とを繋ぐ橋渡し研究として貢献できた。
山本 直樹
アブストラクト
研究報告書
国際医療福祉大学 基礎医学研究センター 薬物治療学分野ムーンライティングタンパク質機能に着目した急性期緊張病型精神病の病態解明100
激しい幻覚・妄想、精神運動興奮・昏迷を呈する急性期緊張病型精神病の病態は未だ不明な点が多い。本研究者らは先行研究において緊急入院にいたった計497症例を詳細に検討し、機械学習モデルをもちいた解析により、急性期緊張病型精神病にチアミン(ビタミンB1)の欠乏が高い頻度で認められることを見出した。そこで、本研究においてミクログリアに着目して、チアミン要求性ピルビン酸脱水素酵素複合体 (PDC) の細胞内での発現変化や核ムーンライティング機能の変化とストレス応答性ミクログリア活性化の関係を検討した。その結果、PDH E1αサブユニットがミクログリア活性化過程において有意な発現の減少を示すことを見出した。今後、細胞分画や免疫組織化学による解析を行い、この酵素タンパク質の細胞内でのムーンライティング機能の変化をさらに詳細に調べることにより、病態解明および臨床検査医学的診断への応用への発展が期待出来る。
岩田 仲生
アブストラクト
研究報告書
藤田医科大学医学部 精神神経科学講座双極I型・II型障害と他の精神疾患の相関:cross-disease・population遺伝的相関解析100
Psychiatric Genomics Consortium (PGC)は、白人を対象としたI型双極性障害(BD1)/ Ⅱ型双極性障害(BD2)と統合失調症(SCZ)・うつ病(MDD)の遺伝的関係性について、遺伝的相関解析を実施し報告している。本研究では、日本人BD1、BD2、SCZのGWASデータと、中国人MDDのGWASデータを用いて、LDSC回帰解析に基づいて遺伝的相関(rg)を計算し、白人集団の結果との比較を行なった。その結果、東アジア集団においてはBD1とMDDの間のrgが高く(「気分」スペクトラム)、PGC(白人集団)のBD1がSCZ(「精神病」スペクトラム)に近いという結果と対照的であった。また、東アジア集団においてはBD1とSCZの間のrgが低く見られたが、BD2とSCZ/MDDの間のrgはPGCの結果と類似していた。
影山 祐紀
アブストラクト
研究報告書
大阪公立大学大学院医学研究科 神経精神医学リキッドバイオプシーとミトコンドリア機能障害に基づく双極性障害バイオマーカー探索100
双極性障害のうつ状態、寛解状態の血液採取をすすめ、27対の試料収集が終了した。NCAM1陽性血中エクソソームが脳由来の情報を含んでいるかについて検証を行った。血中NCAM1陽性エクソソーム中のRNA-seqエンリッチメント解析の結果、fetal brain cortex 、neural epitherium 、midbrain 、prefrontal cortex の領域に有意な相関を認めた。
 次にこの技術が精神疾患のバイオマーカーとして利用可能か検証するためにうつ病39名と双極性障害13名の血中NCAM1陽性エクソソーム中のRNA-seqを行った。多重検定補正後に有意差を示した159遺伝子の発現データを用いて、Orthogonal PLS-DA解析および機械学習にて2群を区別できることが示された 。
血液NCAM1陽性エクソソーム情報はうつ病と双極性障害を区別するバイオマーカーとして臨床へ貢献できる可能性が示唆された。
加藤 正樹
アブストラクト
研究報告書
関西医科大学医学部 精神神経科適切なゴールを目指した、オミックスと長期評価による気分障害の革新的治療100
うつ病に関連するストレスでのミトコンドリア損傷により、mtDNAが断片化し、mitomiRとともに細胞外に拡散しうつ病の治療反応に影響しているとの仮説を立て、未治療のうつ病患者の血漿中のmtDNAコピー数とmiRNA発現量の関連を検証した。また、同定されたmitomiRとミルタザピン、SSRIの治療反応との相関を検討した。
 5種類のmiRNAの発現量が、mtDNAコピー数と有意な正の相関(p=2.26e-6 - 8.67e-5)を示した。これらの5つのmiRNAのうち、SSRIにおいては治療前のmiR-4707-3pの発現量が低い群が4週目に治療寛解に至る割合が高く、ミルタザピンでは治療前のmiR-6068の発現量が高い群が4週目に治療寛解に至る割合が高いことが示された。これら5つのmiRNAは甲状腺ホルモン合成、Hippoシグナル伝達などのパスウェイに関与するものであった。
朴 秀賢
アブストラクト
研究報告書
熊本大学大学院生命科学研究部 神経精神医学講座アストロサイトに着目した電気けいれん療法の作用機序解明100
海馬アストロサイトに着目したECTの作用機序研究を、コルチコステロン慢性投与によるうつ病モデルマウスと電気刺激(ECS)を用い、モデルマウスの海馬から分離したアストロサイトを用いて詳細な遺伝子解析を行った。その結果、アストロサイトにおいてECTの抗うつ効果に関与する候補分子としてSGK1を同定した。ECSによるSGK1発現抑制の作用機序解明は、新規抗うつ薬の開発に貢献することが期待される。
吉村 玲児
アブストラクト
研究報告書
産業医科大学 精神医学教室エキソソーム内包miRNA-mRNA-オミックス解析から薬物反応を探る100
本研究の目的は、血清中の細胞外小胞(EV)中のmiRNAレベルとうつ病(MD)の重症度との関連を検討することである。当大学病院において、16例のMD症例から患者血清を採取した。EVに含まれるmiRNAをナノ濾過法で抽出し、miRNAマイクロアレイを用いて発現量を解析した。EV中のmiRNAの診断能を検証するために、グループ間比較を行った。さらに、EV中の候補miRNAをin vitroで神経前駆細胞、アストロサイト、ミクログリア細胞に添加し、候補miRNAの予測標的遺伝子を抽出した。予測された標的遺伝子は濃縮解析を受けた。hsa-miR-6813-3pおよびhsa-miR-2277-3pの発現レベルは、MDのうつ病重症度の増加とともに有意に低下した。パスウェイ濃縮解析の結果、hsa-miR-6813-3pはグルココルチコイド受容体とγ-アミノ酪酸受容体のシグナル伝達に関与している可能性が示唆された。さらに、hsa-miR-2277-3pはドーパミン作動性神経経路に関与していることがわかった
草苅 伸也
アブストラクト
研究報告書
東京医科大学医学部 薬理学分野前頭側頭型認知症原因因子CHCHD10の新たな生理機能と認知症発症との関係解明100
前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia:FTD)の原因因子CHCHD10はミトコンドリアに局在し、ミトコンドリア機能の制御に関わると考えられている。これまでにFTD発症に関わる複数の遺伝子変異が同定されているが、そのメカニズムは未だよくわかっていない。
本研究では、CHCHD10遺伝子変異による細胞死メカニズムを明らかにするため、プロテオミクス解析を用いて神経細胞死に関わるCHCHD10結合分子を探索したところ、結合分子として複数の細胞死制御関連因子が得られた。さらに、興味深いことにFTD発症に関わるCHCHD10変異体では、野生型に比べこれらの因子との結合が増強する傾向が認められた。
以上の結果から、CHCHD10がこれらの因子を介して神経細胞死を誘導する可能性が考えられた。
佐藤 栄人
アブストラクト
研究報告書
順天堂大学医学部 疾患モデル研究室フェロトーシス制御による認知症治療戦略100
【研究の背景】脳の鉄沈着を病的背景とする神経変性症(NBIA: neurodegeneration with brain iron accumulation)は特徴的な臨床経過を示す。その原因として、鉄蓄積による酸化ストレスの亢進が指摘されているが真の病態は不明である。【目的】鉄沈着が神経変性の鍵になることに着目し、神経鉄沈着症の病態を解明する。【方法】WDR45ノックアウトマウスの表現型を行動解析により評価し、病理学的手法によって解析する。【結果】運動症状が出現するより早期からドーパミン細胞の脱落が起こる。とりわけ中脳腹側被蓋野(VTA: ventral tegmental area)の変性が顕著で鉄の蓄積と相関した。さらに病初期にはグルタミン酸ニューロンのシナプスの増加が観察され、グルタミン酸毒性の亢進が推測された。【考察】グルタミン酸ニューロンの異常を起点としたNBIAの一端が解明された。
竹内 啓善
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室高齢者のせん妄におけるトラゾドンの有効性と安全性の検討:クエチアピン対照二重盲検無作為化比較試験100
本研究に関連する研究として、2017年4月1日から2021年3月31日までの年間に慶應義塾大学病院で入院した患者のせん妄におけるトラゾドンの使用実態に関する後方視的診療録調査を実施し、トラゾドンを定時投与された患者は379名(9.5%)であり、単剤投与された52名においてせん妄改善率は63.5%、せん妄改善までの期間は5.3日であることを報告した。
また、本研究ではせん妄に対するトラゾドン、ミアンセリンの使用が適応外使用であり、特定臨床研究に該当するため、認定臨床研究審査委員会への申請の準備として実施計画書、研究計画書、説明同意文書といった書類の作成を完了した。また、研究体制整備として慶應義塾大学病院臨床研究推進センター企画推進部門および生物統計専門家および慶應義塾大学医学部病院薬剤学教室の連携体制を確立した。
田中 稔久
アブストラクト
研究報告書
三重大学医学部 神経・筋病態学講座タウオパチーにおける形態特異的タウ重合モデルの開発100
認知症性疾患の中でタウが異常蓄積するものはタウオパチーと総称されているが、近年のクライオ電子顕微鏡法の開発と進歩により、病態ごとのタウの超微形態の構造が明らかにされた。それによると、それぞれのタウオパチー性疾患において特徴的なタウ分子のフォールディング構造と2量体がある。そこで、各タウオパチー性疾患に見いだされるタウ2量体を個別に作成するために、フォトクロスリンク法を用いて人工的に単一の重合タウ分子モデルを作成することを発案した。結果として、タウ蛋白の微小管結合リピート部位内のSerine 324 残基を接合面に含む2量体が作成できたが、既存の情報からはピック脳に見いだされるwide filaments の構造に由来するものと推認できる。このように疾患別の2量体を作成し、それを重合・線維形成させることによって単一微小形態のタウ重合体を作成すれば、今後の診断法・治療法の開発に大きく貢献するものと考えられる。
東山 雄一
アブストラクト
研究報告書
横浜市立大学医学部 神経内科学・脳卒中医学先進的脳画像・症候・遺伝子解析によるパーキンソン病の認知症進展予測マーカーの開発100
パーキンソン病は、病初期より様々な認知機能障害を高率に合併し、認知症の合併は、日常生活障害や介護負担の増加のみならず、生命予後を左右することも明らかとなっている。そのため、軽度認知障害 (PD-MCI) での早期診断、認知症進展予測は、適切なタイミングで治療介入を行う上で極めて重要である。そこで我々は、PD-MCIを対象に、近年注目されている白質画像解析である fixel-based analysis (FBA)、嗅覚検査などの臨床指標、遺伝子解析などの、多角的臨床情報を統合したデータ解析を通して、新規の認知症進展予測マーカーの開発を行った。これまでにPD 45例 (認知機能正常PD 19例、PD-MCI 26例)、健常者 41例のデータを収集し、FBAを行った結果、PD-MCIは他群と比較して、右脳弓の線維密度が低下しているという結果が得られた。本結果により、FBAなどの脳画像検査が、PD-MCIの新たな診断マーカーとして有用である可能性が示唆された。
森 隆
アブストラクト
研究報告書
埼玉医科大学総合医療センター 研究部・病理部アルツハイマー病:アポリポ蛋白Eを標的とした革新的ペプチド療法の確立100
アルツハイマー病の治療標的として、アポリポ蛋白E(apolipoprotein E,apoE)とN端-アミロイド前駆体蛋白(amyloid β-protein precursor,APP)の結合に着目し、この結合阻害剤(6KApoEp)を開発した。本研究では、ヒトapoE2、apoE3、apoE4アイソフォームの何れか1つを発現するアルツハイマー病モデルマウスを作出し、6KApoEpの治療効果を調べた。6KApoEp療法は、新規物体認識と迷路試験を含む殆どの学習・記憶試験で認知機能障害を改善させ、脳血管アミロイド症も軽減させた。治療効果は、細胞膜APP量の減少、APP遺伝子の転写の低下、p44/42 MAPKのリン酸化抑制により、アミロイド産生APP代謝経路を低下させることで発揮されていた。病態が最も悪化するapoE4アイソフォーム保有のアルツハイマー病患者への臨床応用が期待される。
前川 素子
アブストラクト
研究報告書
東北大学医科学専攻 細胞生物学講座・器官解剖学分野「脂肪細胞-脳軸」に着目した自閉症病態形成メカニズムの解明100
自閉スペクトラム症(自閉症)は、社会性の障害、反復的な行動、感覚系の異常、などを特徴とする小児の発達障害である。我々は過去に、脂肪細胞型脂肪酸結合タンパク質Fatty acid binding protein 4 (FABP4)の機能低下が自閉症病態形成に関与する可能性を報告した。本研究では、FABP4阻害剤として知られるBMS309403(以下BMSと略す)を用いて、脳発達期のFABP4機能低下による仔への影響を調べた。その結果、BMS投与群の雄の仔マウスでは、生後早期の超音波発声の変化、成体期の碁石埋め隠し行動の亢進、強制水泳試験で無動時間の延長を認めた。また、錐体細胞樹状突起スパイン密度の上昇を認めた。母体の血漿を用いた脂肪酸解析の結果、妊娠後期の母体血において、複数の脂肪酸組成の変化が見られた。本研究によって、脳発達期のFABP4機能低下が仔の自閉症様表現型に影響を与えることを明らかになった。
佐久間 啓
アブストラクト
研究報告書
東京都医学総合研究所 脳・神経科学研究分野小児のautoimmune psychosisに関する実態調査100
小児精神疾患の診療において比較的急性に精神症状を発症する症例のうち、免疫学的異常の関与が示唆されるはautoimmune psychosisと呼ばれ近年注目されている。本研究では比較的急性の発症様式を示す小児期の精神障害を対象として免疫学的解析を行い、その病態の一端を明らかにすることを目的とした。Autoimmune psychosisの診断基準を満たす20歳未満の症例を対象とし、症例レジストリのデータから臨床情報を検索した。またcell-based assay法により抗神経抗体を解析した。94例(44%)に何らかの精神症状を認め、興奮や情動異変性などの症状が多かった。抗神経抗体は20例(21%)で陽性であり、いずれもNMDA受容体抗体であった。脳梁膨大部脳炎・脳症が6例とこれに次いだ。両疾患に認められる精神症状には一定の特徴があり、これらを元に臨床的に診断を予測することが可能と考えられた。
西村 周泰
アブストラクト
研究報告書
同志社大学大学院脳科学研究科 脳機能回路創出部門多領域脳オルガノイドを用いたシヌクレイノパチー分子病態の解明100
 パーキンソン病(PD)は、黒質から線条体に投射するドパミン神経の選択的な脱落によって引き起こされる神経変性疾患である。PDの発症要因の一つとして、α-シヌクレインの凝集やプリオン様脳内伝播によって引き起こされる神経変性(シヌクレイノパチー)とそれに起因する神経細胞死が誘発されることが知られているが、現状では死後の病理解剖による確定診断によって現象が観察できるのみである。従って、シヌクレイノパチーの病態を正確に理解し、その根拠に基づいた予防法・治療法を確立するためには、分子レベルで変化する病因タンパク質の脳内伝播および物性変化の過程を解明できるヒト脳モデルの構築が必要であると考えられる。
そこで本研究では、ヒト多能性幹細胞から三次元構造を持つ中脳-線条体オルガノイドを作製し、α-シヌクレインの脳内伝播および病変を再現し、病態を詳細に理解するための脳モデルの作製を行った。

桝 正幸
アブストラクト
研究報告書
筑波大学医学医療系 生命医科学域細胞外糖鎖修飾酵素によるドーパミンシグナル調節機構の解明100
Sulf1は、細胞外でヘパラン硫酸の修飾を介して様々なシグナルを調節する酵素であり、癌や発生における役割は明らかにされているが、成体脳における役割はほとんど分かっていない。最近の研究により、Sulf1がドーパミン神経の投射部位である側坐核などに強く発現し、ドーパミン受容体と共発現することが明らかにされたが、その生理的な役割については不明である。そこで、Sulf1遺伝子をノックアウト(KO)したマウスを用いて、行動実験および電気生理学実験を行い、Sulf1の役割を明らかにすることを目的とした。Sulf1 KOマウス、およびドーパミンD1/D2受容体発現細胞でSulf1遺伝子を破壊したマウスを用いて報酬忌避行動実験および電気生理学実験を行った結果、野生型マウスと異なる反応を示すことが明らかとなり、Sulf1を介したヘパラン硫酸の修飾が脳機能に重要な役割を持つと考えられた。

2022年度
精神薬療分野 COVID-19関連 一般研究助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
蔡 林
アブストラクト
研究報告書
東京大学総合文化研究科 進化認知科学研究センター新型コロナウイルス感染症による社会環境―脳―精神―行動の階層的変化の解明100
2020年3月にCOVID-19パンデミックが宣言され、多くの国がロックダウンを実施して感染拡大を抑えた。しかし、これにより思春期のメンタルヘルスに深刻な影響が生じた。本研究では、COVID-19パンデミックに起因する初の緊急事態宣言が日本で発令されたことによって、思春期の海馬の発達中のマクロおよびミクロ構造が変化したかどうかを調査する。pn-TTCコホート研究プロジェクトのデータを使用し、479人の参加者から1,149のMRIスキャンを取得。一般化加法混合モデルを用いて統計的に解析。緊急事態宣言は平均海馬体積に対して有意な影響を示し、特定の海馬亜領域の体積や微細構造にも影響を与えた。研究結果は、COVID-19パンデミック後の思春期の海馬での構造変化を示唆しており、緊急事態宣言が海馬の発達に影響を与える可能性があることを明らかにし、将来の災害や危機において精神機能がどのように変化するかに関する示唆を提供する。
堺 景子
アブストラクト
研究報告書
大阪河﨑リハビリテーション大学 リハビリテーション学部 作業療法学専攻Long COVID関連症状の病態機序および発症に影響を与える要因の解明100
これまで報告されているLong COVIDの症状は、易疲労感・抑うつ・不安などの精神症状と身体的不定愁訴が多いことから、Long COVIDを発症した人の精神医学的特性を明らかにするためにアンケート調査を実施した。その結果、COVID-19感染者は身体の不調や社会生活上の困難を感じているようであった。このことから、Long COVID発症と関係なくCOVID-19感染者はこれまでとは異なる心身の状態で生活していることが推測された。さらに、Long COVIDの症状を呈する者では、抑うつ傾向が強く、健康関連QOLにおいても精神的不調を感じているようであった。人格特性については、神経症傾向が強く、元来不安を抱きやすく、現在の状況にも強く不安を抱いている傾向がみられた。これらの結果からは、Long COVIDの症状を呈していることに対する自身の考え方や認知の仕方について精神心理学的な関りが必要と考える。

2022年度
精神薬療分野 若手研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
越山 太輔
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 精神医学分野拡散強調画像を用いた統合失調症における神経生理学的異常所見の神経基盤の解明100
ガンマ帯域聴性定常反応は、 統合失調症の病態解明に役立つ生物学的指標となる可能性がある。本研究では、統合失調症と健常者において大脳白質の微小構造変化とガンマ帯域聴性定常反応の関連を調べ、ガンマ帯域聴性定常反応の基盤となる神経ネットワークを明らかにすることを目的とした。統合失調症患者と健常者を対象に脳波およびMRIを測定し、ガンマ帯域聴性定常反応と拡散テンソル画像データを取得した。その結果、ガンマ帯域聴性定常反応は、右前頭後頭束の大脳白質統合性の指標と健常者においてのみ有意な正の相関が見られたが、統合失調症では有意な相関は見られなかった。よって健常者で存在する大脳白質構造とガンマ帯域聴性定常反応の関連が、統合失調症においては病態的な機序により失われている可能性がある。本研究で見出された大脳白質の微小構造変化に注目した研究は、統合失調症の病態の解明に有用な情報をもたらす可能性がある。
Zhu Yinghan
アブストラクト
研究報告書
東京大学総合文化研究科 附属進化認知科学研究センター精神疾患脳画像機械学習器のライフコースデータへのあてはめ100
Enhancing Neuro Imaging Genetics through Meta-Analysis for Clinical High Risk (ENIGMA CHR)データの多施設脳画像データ(HC 群 1,029 名、CHR 群 1,165 名)をneuroComBat (Fortin et al., 2007)を用 い、ハーモナイズした上で、機械学習を行った。その際、 各脳構造特徴の発達曲線を一般線形加法モデル (GAM) により高精度に作成し、健常の発達変化から逸脱した脳構造を抽出し、汎用性の高い統合失調症の学習器を作成した。この特徴量を用いてHC群と追跡調査による144名発症群(CHR-PS+)の機械学習器を構築し、統合失調症発症の予測可能性を検討した。トレーニング データセットと独立した確認データセットにおいて学習器の精度は、それぞれ 85% と 73% でした。思春期発達における変化を非線形で補正することによって、統合失調症の発症予測において汎用性の高い学習器を作成できた。
阪東 勇輝
アブストラクト
研究報告書
浜松医科大学医学部医学科 器官組織解剖学講座統合失調症感受性イオンチャネル・Cav1.2による大脳皮質領野間相互作用制御機構100
統合失調症の病態解明は重要な課題である。これまでに統合失調症のモデルマウスで様々な大脳皮質局所神経回路異常が報告されている。しかし、これらの異常と病態との因果関係は明らかでない。それは、これまでは単一神経細胞や局所神経回路に着目し、広域神経回路の解析が遅れていたからであると考えられる。一部の統合失調症の患者で電位依存性Ca2+チャネル、Cav1.2の発現低下または機能欠損型変異が報告されている。しかし、Cav1.2のへ発現または機能低下の神経回路形成及び機能への影響は明らかではなかった。本研究では、(1) Cav1.2による大脳皮質神経回路形成機構、(2) 大脳皮質領域間相互作用を解析するための技術的基盤を構築した。結果、Cav1.2の発現抑制により、神経細胞への分化及び細胞移動に遅れが生じることを発見した。今後、大脳皮質形成異常と領域間相互作用の異常との関連を明らかにしていく。 
吉川 茜
アブストラクト
研究報告書
順天堂大学医学部附属順天堂医院 精神医学講座臨床ゲノム解析による治療抵抗性統合失調症の層別化100
統合失調症患者の約3分の1は現存の抗精神病薬が無効な治療抵抗性統合失調症 (Treatment-resistant schizophrenia: TRS) であり、初回エピソード統合失調症でも約4分の1を占める。唯一のTRS治療薬であるクロザピンは、無顆粒球症等の重篤な副作用のため、本邦では導入への遅れが目立ち、多数の患者が治療臨界期を逃している。自我障害は病期を問わず前駆期から継続的に存在する本症の中核症状であるが、現行の抗精神病薬による改善に乏しく、本研究では自我障害に注目しTRSの臨床ゲノム解析を行った。TRSでは、思考領域の自我障害が32.5%と、統合失調症(7%-29%)より多く、中核症状でありながら治療抵抗性となりやすいことが示唆された。また自我障害との関連が報告されている一次性陰性症状を約2倍の頻度で認め、現在進行中のゲノム解析結果から両者に共通した病態基盤を見出したい。
吉野 祐太
アブストラクト
研究報告書
愛媛大学大学院医学系研究科 精神神経科学統合失調症における正常圧水頭症の有病率調査、及び共通する病態の解明100
正常圧水頭症(iNPH)は、認知機能障害、歩行障害、尿失禁を3主徴とする治療可能な認知症疾患であるが、統合失調症の症状および薬剤の副作用として、iNPHと同様の症状を呈することがある。今回、私は統合失調症患者127名を対象として、iNPH、AVIM(asymptomatic ventriculomegaly with features of iNPH on MRI)の有病率、および既知の遺伝学的なリスクを評価した。その結果、10/127(7.9%)がiNPHであり、15/127(11.8%)がAVIMであり、一般人口の有病率より高かった。TSKU遺伝子、SFMBT1遺伝子といった既知のリスクとは相関していなかった。統合失調症患者はiNPHを発症しやすい可能性があり、定期的にiNPHの3主徴を評価するとともに、頭部形態画像も評価していく必要性があると考えられた。
梶谷 直人
アブストラクト
研究報告書
熊本大学大学院生命科学研究部 健康長寿代謝制御研究センターうつ病の新しい治療ターゲットHippo経路の解明100
現在日本で使われている抗うつ薬は三環系抗うつ薬(TCA)をプロトタイプに、SSRIなどモノアミンに特化した薬理作用をもつ薬物が開発されてきた。重症のうつ病患者にはSSRIよりもTCAが有効とする報告があり、モノアミンへの作用だけではなぜTCAが高い治療効果を有するのか説明できなかった。これまでに、TCAがモノアミンとは独立してLPA1受容体を活性化することを明らかにした。本研究では、マウスを用いてTCAの抗うつ効果にLPA1受容体が関与するか検討を行った。さらに、TCAによるLPA1受容体下流シグナルを詳細に解析し、中でもHippo経路に着目し検討を行った。本研究結果から、TCAはLPA1受容体バイアス型アゴニストとして作用しHippo経路の転写活性を亢進することが明らかになった。この作用はTCAの高い治療効果を説明する一つの作業仮説となる可能性がある。今後、LPA1受容体/Hippo経路を標的とした新たな抗うつ薬の開発が期待される。
富永 香菜
アブストラクト
研究報告書
山口大学医学系研究科 高次脳機能病態学講座気分障害の病態生理の解明につながるエクソソームの機能解析100
気分障害の診断のために患者体内の変化を反映したバイオマーカーは有力なツールである。本研究では様々な疾患のバイオマーカーとして注目されているエクソソーム(EV)に着目し、気分障害のひとつであるうつ病患者と健常者の血漿EVの表面に存在する糖鎖やタンパク質を比較した。その結果、N-acetyl glucosamine (GlcNAc)とシアル酸を認識するレクチンWGAがうつ病急性期患者の血漿EVで約20%に減少し、寛解期で約70%に回復することがわかった。さらに、WGAが結合する糖タンパク質を質量分析にて探索した結果、von Willebrand factor (vWF)を同定した。健常者とうつ病患者の末梢血EVのWGAが結合するvWFを測定したところ、うつ病急性期に対して高い診断能を有し、うつ病急性期の新規バイオマーカーになる可能性を示した。今後、うつ病急性期患者の末梢血EVの糖タンパク質や糖鎖構造の生物学的意義を明らかにし、気分障害の発症メカニズムの解明へとつなげる。
田中 良法
アブストラクト
研究報告書
岡山理科大学獣医学部 獣医学科 生化学講座抗がん剤アベマシクリブを用いたFTLD-TDP療法の開発100

オートファジーは細胞内の不要な成分を取り囲んだオートファゴソームがリソソームと融合することでオートリソソームを形成し、内容物を分解する機構である。核タンパク質TDP-43の細胞質内蓄積を特徴とする前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の原因となるプログラニュリン(PGRN)産生低下によってオートリソソーム形成が抑制されること、TDP-43凝集体がオートファジーによって分解されることを明らかにした背景から、オートリソソーム形成促進がFTLD-TDPの病態形成を抑制する可能性を示唆した。本研究では、アベマシクリブ(Abe)のオートリソソーム形成促進効果について解析した。AbeはPI(3)Pの産生増加を介してオートリソソーム形成を促進し、PGRN欠損によって生じるオートリソソーム形成不全を回復した。AbeはFTLD-TDPの疾患修飾薬の候補薬物となる可能性が示唆された。
臼井 紀好
アブストラクト
研究報告書
大阪大学大学院医学系研究科 神経細胞生物学講座薬物依存における耐性獲得メカニズムの解明100
近年は、薬物、アルコール、ギャンブルだけでなく、ゲーム、スマホなど様々な依存症が急増しており、依存メカニズムの解明、及び治療法と治療薬の確立が求められている。しかし、薬物耐性が獲得されるメカニズムについては未知の部分が多い。本研究では薬物耐性の獲得が依存形成の初期ステップとして重要だと考え、本研究では依存形成のメカニズムを理解するため、覚せい剤応答因子であるZbtb16 に着目して薬物耐性の獲得メカニズムを解明することを目的とした。Zbtb16のノックアウトマウスでは覚せい剤メタンフェタミンに対する応答と嗜好性が著しく低下した。また、遺伝子発現解析からZbtb16 特異的遺伝子群として359個の遺伝子を同定し、神経細胞よりもグリア細胞が神経回路の可塑性に関与する可能性が示唆された。本研究によってこれまで機能が不明なZbtb16 特異的シグナル経路が明らかになる可能性が期待される。
塩飽 裕紀
アブストラクト
研究報告書
東京医科歯科大学医歯学総合研究科 精神行動医科学分野疼痛性障害の自己抗体病態の解明100
精神科領域の難治な疼痛関連疾患の一つに、原因不明の疼痛を呈する疼痛性障害があげられる。これは、一部には線維筋痛症も含まれ、従来の精神医学の概念では心理的な要因を背景に症状を形成する可能性が指摘されてきたが、臨床的にそのような心理的な病態が存在しないように見える患者も存在し、疾患病態の異種性が想定される。我々は、疼痛性障害の患者から、疼痛を引き起こす自己抗体を探索することを目的に研究を行った。また、統合失調症でも同様の探索を行い、疼痛性障害の合併があった場合、自己抗体との関連を探る方針とした。その結果、疼痛性障害患者から既知の疼痛関係自己抗体、未報告の自己抗体さらに統合失調症患者から抗NRXN1自己抗体を発見した。疼痛性障害や統合失調症で発見した自己抗体は病態を形成する除去すべき治療ターゲットになり、またそのような治療をすべきバイオマーカーにもなる可能性がある。

2022年度
精神薬療分野 若手研究者継続助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
北西 卓磨
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院総合文化研究科 先進科学研究機構記憶情報の脳内伝達とその破綻・回復のメカニズム100
海馬は空間記憶に重要な脳領域である。海馬には、動物のいる場所・移動スピード・道順などの情報を持つ神経細胞が存在し、これらの細胞が空間記憶を支えていると考えられる。本研究は、生体脳における大規模神経活動計測により、海馬や関連脳領域において、空間情報がどのように分配・伝達されるかについて検証を進めた。また、2領域からシナプス入力を統合する神経細胞に選択的に遺伝子導入を行うウイルスベクター技術を開発した (Kitanishi et al., Commun Biol, 2022)。さらに、海馬/海馬台の細胞集団レベルでの情報表現を低次元神経多様体に着目することで解明した (Nakai, Kitanishi et al., under revisioni)。加えて、これらの研究内容を概説した総説を記した (Mizuseki and Kitanishi, Curr Opin Neurobiol, 2022)。

2022年度
血液医学分野 一般研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
稲城 玲子
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学系研究科 CKD病態生理学講座腎臓病患者エクソソームに基づく新たな血管恒常性維持機構の解明100
腎臓は形態・特性の異なる血管に富み、血管障害は慢性腎臓病(CKD)進展に深く関連する。一方で近年、細胞から分泌される膜小胞のエクソソームが細胞内シグナル伝達に関わることが示され、血管内皮細胞における病態生理学的意義が注目されている。申請者は「CKD患者血液中エクソソームは血管内皮障害を惹起する病態生理活性を有する」と仮説をたて、1)血中エクソソームの精製とその内包物のメタボローム解析、2)CKD 患者特異的なエクソソーム内包代謝物群の同定とそれらの血管内皮細胞に対する病態生理活性の解析を行い、エクソソームと血管内皮機能の関連性を検討した。その結果、CKD患者血漿エクソソームに特異的に内包される未知代謝物質Xを同定し、それが血管内補細胞障害を引き起こす可能性を示した。これら成果からエクソソームに基づく透析患者の合併症・生命予後を改善する新規バイオマーカー、あるいは治療戦略の開発が見込まれる。
柏倉 裕志
アブストラクト
研究報告書
自治医科大学医学部 生化学講座 病態生化学部門FVIIIの異所性発現におけるERストレス応答メカニズムの解明と血友病A治療への応用100
近年、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた血友病に対する遺伝子治療の有効性が複数の臨床試験から報告されている。しかし血友病A遺伝子治療では、時間経過と共に治療因子として導入した第VIII因子(FVIII)の発現が低下し、長期持続的な治療効果が得られない可能性がある。治癒を目的とした血友病A遺伝子治療の実現のためには、長期的に安定したFVIII発現が必須である。我々は、複数のアミノ酸変異導入により改変型FVIIIを構築し、ヒト肝臓細胞株Huh7においてFVIII発現時にERストレス応答が著減する低ERストレス応答型改変FVIII_Ver.4を得た。本研究では、この改変型FVIII_Ver.4の解析から、ヒト肝細胞株でのFVIII活性上昇・細胞内FVIIIタンパク貯留低減・低ERストレス応答に重要な変異導入部位を同定した。本研究の成果は、長期安定的な血友病A遺伝子治療や効果的な血友病Aゲノム編集治療に繋がるものと期待される。
山崎 泰男
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター 分子病態部血管内皮細胞に含まれる分泌性膜小胞Weibel-Palade小体の形成機構の解明100
VWFは血管内皮細胞で合成される血小板粘着タンパク質である。VWFはWeibel-Palade小体(WPB)とよばれるオルガネラに貯蔵され、適時に血中へ分泌される。WPBはゴルジ体で形成される分泌顆粒であるが、形成機構には不明な点が多い。我々は最近、WPBにはV-ATPaseが局在することを見出した。VWFは一本鎖タンパク質として合成された後、止血能の高い巨大なマルチマーに変換されWPB内腔に貯蔵される。マルチマー化には酸性環境が必要であるが、細胞内における必要な酸性環境の形成メカニズムについては全く不明である。本研究では、WPB内腔pHを測定する方法を確立し、形成過程におけるWPB内腔pHの観察を試みた。その結果、細胞辺縁部に局在する成熟WPBの内腔pHはほとんど変化しないが、核近傍から形成される新生WPBの内腔は次第に酸性化することが判明した。
吉本 敬太郎
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系血液凝固因子の分子結合能を模倣するバイスペシフィック核酸アプタマーの設計と機能評価100
第V因子(FV)欠乏症はFVの欠乏による先天性血液凝固障害である。本研究では、血液凝固因子欠乏症の新たな治療薬として、核酸アプタマーに注目した。分子認識型核酸である核酸アプタマーは、(1) ホモ・ヘテロ連結二量体の設計と作製が容易、さらに (2) 相補鎖を用いて薬理活性の中和が可能という、血液疾患治療の作動薬として大きな魅力・特長をもつ分子である。DNA アプタマーは化学合成で安価に作製でき、常温輸送が可能で保存性が高く、感染症リスクや免疫原性が低いという特長をもつ。
 本研究課題では、血液凝固活性化第FVIII因子 (FVIIIa) および FVa の分子認識能を模倣するバイスペシフィック核酸アプタマーの創製に挑戦し、新規血友病治療薬としての潜在能力の検証を行った。その結果、FVaの分子認識能をバイスペシフィックアプタマーにより模倣し、トロンビン生成を促進させるという新たな二価性分子の創成に成功した。
加藤 貴康
アブストラクト
研究報告書
筑波大学医学医療系 血液内科・臨床検査医学‘脂質の質’をターゲットとした新規白血病治療法の開発100
急性骨髄性白血病(AML)の標準治療は副作用が強く、高齢者にも適用できる治療法が必要である。本研究は脂肪酸の質がAMLの治療標的になりうるか検討した。脂肪酸の組成が細胞内で異なることで細胞機能が調節されている。脂肪酸の炭素数を16から18に伸長する酵素ELOVL6が脂肪酸組成に影響を与えることから、Elovl6欠損(E6KO)マウスを用いて、脂肪酸組成が造血幹細胞やAMLに与える影響を検討した。E6KOマウスは骨髄細胞の脂肪酸組成が変化し、この骨髄細胞を正常マウスに移植しても骨髄での造血は観察されなかった。一方、AML誘導遺伝子を導入した野生型骨髄細胞を正常マウスに移植するとAMLを発症するが、AML誘導遺伝子をE6KOマウス骨髄細胞に導入し、マウスに移植してもAMLは発症しなかった。AML発症抑制の一因として、脂肪酸組成変化により細胞運動を司るシグナルが低減することも明らかにした。
黒田 純也
アブストラクト
研究報告書
京都府立医科大学 血液内科学教室造血器腫瘍に対する細胞免疫療法を強化するmiRNAインヒビターカクテル療法の開発100
B細胞性リンパ腫(B cell lymphomas: BCLs)や多発性骨髄腫(multiple myeloma: MM)などの成熟B細胞性腫瘍の克服に向け、キメラ抗原受容体T細胞療法(CAR-T療法)などの細胞免疫療法への期待は高い。しかし、これらでは骨髄由来抑制系細胞(myeloid-derived suppressor cell; MDSC)によって抗腫瘍効果が損なわれる。本研究では腫瘍細胞由来エクソソームに含まれるmiR-106a-5pとmiR-146a-5pがMDSCの誘導を司ること、これらに対するインヒビターを天然型エクソソームに導入し末梢血単核球に暴露することでMDSC誘導を阻害出来ることを明らかにした。
知念 孝敏
アブストラクト
研究報告書
九州大学 病態制御内科学人工受容体研究によって挑む炎症と腫瘍の制御100
本研究では、胸腺におけるキメラ抗原受容体(CAR)発現細胞の分化条件とそのようにして分化したCAR発現細胞の性質を知る事を主たる目的として実験を行った。
マウス骨髄細胞に、CAR遺伝子を組み込み、マウス胸腺においてCAR発現T細胞を分化させる事を試みた。T細胞受容体を欠損するマウスの骨髄細胞に、レトロウィルスを用いてCAR発現コンストラクトを組み込み、この骨髄細胞を別のT細胞欠損マウスに移入し、CAR発現細胞の分化の有無を調べた。今回の検討では1. 胸腺においてscFvの認識する抗原が存在しないとCAR発現細胞の分化が起こらない 2. 胸腺に対応抗原が存在する場合には分化が見られ、CD4/CD8陰性のエフェクターT様細胞に分化するという傾向が見られた。こうした法則が他のscFvにも当てはまるのか、CARの基本骨格を変更した場合に異なる現象が見られないのかについて更なる検討が必要である。
中山 幸輝
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部付属病院 循環器内科心不全全身合併症の治療標的同定のための造血幹細胞ニッチの分子機構の解明100
心不全は多臓器合併症を伴い予後不良であるが、臓器横断的な病態基盤は明らかではない。心臓に常在するマクロファージは心臓保護的作用を持つが、心不全を繰り返すとその保護的作用が失われる。我々は、心不全になると造血幹細胞がエピゲノム変化を起こし、末梢血白血球分化様式が変容することを見出した。さらに、末梢血単球から、様々な臓器の組織マクロファージへの分化が障害され、炎症型表現型を呈することによって臓器の恒常性を破綻させることを明らかにした。そこで、造血ニッチである骨髄の間質性間葉系細胞(MSC)の表現型に注目した。網羅的発現解析や一細胞発現解析によって、心不全になるとMSCの脂肪分化が進むことが分かった。このことは病理学的検査や脂肪分化誘導実験でも確認された。心不全になると骨髄の構造的リモデリングが起きて、造血幹細胞の未分化維持に影響を与えることが分かり、心不全の新たな治療標的として挙げられた。
梅本 晃正
アブストラクト
研究報告書
熊本大学国際先端医学研究機構 造血幹細胞工学研究室クロマチン動態制御を基盤とした造血幹細胞のトロンボポイエチン作用決定機構100
Thrombopoietin (TPO) は造血幹細胞の自己複製誘導因子であるが、血小板への分化誘導因子としても知られている。しかし、造血幹細胞がこれら TPO の相反する作用を使い分ける機構に関しては未だ不明な点が多い。最近、申請者は「造血幹細胞の分裂後の運命は幹細胞各々のクロマチン動態によって既定されている」ことを見出している。本研究では造血幹細胞における TPO 刺激時の自己複製・分化の選択は主に幹細胞個々のクロマチン動態によって既定されていることを確認し、「幹細胞のTPO応答を既定するクロマチン動態の制御因子」を明らかにすることを目的とする。本研究では、グルタミン酸に関連する代謝制御が造血幹細胞の分裂誘導、並びに分裂時の幹細胞性の維持(自己複製)に重要であることが示唆された。
高橋 淑子
アブストラクト
研究報告書
京都大学大学院理学研究科 生物科学専攻血流マイクロダイナミクスが制御する血管リモデリングのしくみ100
血管ネットワークの成立に重要なステップである血管リモデリング機構の研究を進めた。特に血流メカノ刺激による制御に注目し、ニワトリ初期胚の利点をいかしてマクロコンフォーカル顕微鏡−ライブイメージング解析を中心として、[血流センサー]→[細胞内シグナリング]→[細胞挙動の変化]の素過程に分けて解析した。胚内の血流を局所的に停めるとリモデリングが異常になること、またこのとき、血流刺激センサーは細胞内シグナルを介して、RhoAを制御し、結果的に血管内皮細胞が剥離することがわかった。数理モデル構築にも取り組んだ。血流の局所的操作による疾患治療技術の開発につながる知見を得ることができた。
松村 貴由
アブストラクト
研究報告書
自治医科大学 炎症免疫研究部 兼 循環器内科ミトコンドリアに着目した老化造血幹細胞多様性のシングルセル解析100
老化造血幹細胞の多様性・不均一性をふまえ、ミトコンドリア量を可視化できるDendra2マウスの造血幹細胞に対しシングルセルRNAシークエンシング及びATACシークエンシングを施行した。老化マウスから得られた造血幹細胞では細胞周期関連遺伝子の発現が低下しており、特にミトコンドリア量の多い老化マウス由来造血幹細胞に著明であった。老化したマウスの造血幹細胞では、造血幹細胞の特定の亜集団が増加しており、この集団は、造血幹細胞の機能が特に低下した細胞集団であることが示唆された。また、別の細胞集団は、他の細胞集団よりも高い蛋白質合成能を示し、幹細胞機能が維持されている細胞集団であると考えられた。この細胞集団は老化マウスでも十分に保存され、若いマウスの造血幹細胞と類似した遺伝子発現とエピゲノム変化を示した。将来的には、高齢者からこのような造血幹細胞集団を選択する方法を確立したいと考えている。
伊勢 渉
アブストラクト
研究報告書
大阪大学感染症総合教育研究拠点プラズマ細胞の移動と生存を制御する新しいメカニズム100
中和抗体の持続産生を担うのは骨髄に存在する長期生存プラズマ細胞であるが、リンパ組織で誕生したプラズマ細胞がどのようにして生存ニッチである骨髄へ移動するのかは不明であった。本研究ではまず、リンパ組織から流出し、骨髄へ移動するプラズマ細胞はインテグリンbeta7を高発現することを見出した。次に、インテグリンbeta7高発現プラズマ細胞は転写因子KLF2を高発現すること、KLF2を欠損するとプラズマ細胞のリンパ組織からの流出が阻害されることも判明した。これよりインテグリンbeta7高発現プラズマ細胞が転写因子KLF2依存的に骨髄の長期生存ニッチへ選択的に移動することが初めて明らかになった。
伊藤 量基
アブストラクト
研究報告書
関西医科大学 内科学(第一講座)樹状細胞の視点からのBCL-2ターゲット治療の免疫抑制機序解明100
BCL-2を標的とした治療戦略は、様々な悪性腫瘍に利用されているが、その強力なアポトーシス誘導能の反面、感染症が重要な有害事象である。その易感染機序を解明するため、本申請では、BCL-2阻害薬の作用を「樹状細胞」を標的とした実験モデルを構築し、特有な免疫応答能への影響を検討した。
臨床的血中濃度においてBCL-2阻害薬は、比較的高用量であっても、ミエロイド系樹状細胞には抑制の程度が低く、Th1抑制能は低く、その結果として、CTLに対する抗腫瘍効果への抑制も低い可能性が示唆された。また、BCL-2阻害薬は比較的低用量であっても、IFN-alpha産生を抑制したため、BCL-2阻害薬使用時にはウィルス感染に対する抵抗性が弱まると考えられた。
河野 通仁
アブストラクト
研究報告書
北海道大学病院 リウマチ・腎臓内科患者由来直接誘導ミクログリア様細胞を用いた精神神経ループスの病態関与100
 全身性エリテマトーデス(SLE)は若年女性に発症する自己免疫性疾患で様々な臓器病変を伴う。SLE患者の20~40%に精神神経ループス(NPSLE)が認められ、高次機能障害など後遺症を残す例も多い。病態は不明で、エビデンスのある治療戦略が立てられないのが現状である。近年NPSLEの病態にミクログリアが関わっていることが明らかとなってきたが、未だその詳細は明らかとなっていない。本研究ではミクログリアに注目しNPSLEの新たな病態を明らかにすることを目的とした。
まず健常者ならびにSLE患者の末梢血単核球からミクログリア様細胞(iMG)を誘導した。さらにSLE由来iMGにサイトカイン刺激を行ったところミクログリアは活性化し、遺伝子Xの発現が亢進した。遺伝子Xの阻害薬によりマウスミクログリアの活性化は抑制され、SLEモデルマウスに髄腔内投与したところ認知機能障害も改善した。遺伝子XはNPSLEの新たな治療ターゲットとなりうる。

柴田 彩
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院医学系研究科 皮膚科学エピジェネティクス制御因子を介したType3型の皮膚免疫異常100
代表的な皮膚疾患である乾癬はType3型の皮膚免疫異常を伴い、近年、乾癬患者の免疫細胞におけるエピジェネティクスの変化が報告されている。一方、エピジェネティクスの変化を引き起こしている制御因子や、その制御メカニズムについては分かっていない。本研究では、皮膚におけるType3型炎症を引き起こすエピジェネティクス制御因子につき、その役割を検討した。
Type3型炎症誘導時にエピジェネティクス制御因子と協調的に作用する転写因子を同定し、クロマチン免疫沈降法を用いて、両因子のゲノムへの集積部位が一致していることを見出だした。T細胞特異的エピジェネティクス制御因子欠失マウスを作成し、Type3型の皮膚炎を誘導したところ、皮膚炎の減弱がみられた。
これらの結果はエピジェネティクス制御因子と転写因子の相互作用が皮膚におけるType3型の皮膚炎の制御において重要であることを示唆するものである。

須藤 明
アブストラクト
研究報告書
千葉大学大学院医学研究院 アレルギー・臨床免疫学IL-17産生γδT細胞を制御するブチロフィリン蛋白の同定と免疫疾患治療基盤構築100
近年、ブチロフィリン(Btnl) 蛋白はγδT細胞分画の分化・増殖に関わることが明らかとなりつつある。しかしながら自己免疫疾患の増悪に関わるIL-17産生γδT(γδT17)細胞の分化や増殖に関わるBtnl蛋白は未だ不明である。これまでにγδT17細胞は胎生期胸腺で発生し、末梢に移動して自己増殖し維持され、成体胸腺からは成熟したγδT17細胞が分化しないことが明らかとなっていることから、本研究者はリンパ節で発現しているが、成体胸腺には発現しないBtnl分子がγδT17細胞の成熟や増殖に関わっているという仮説を立てた。そして上記条件に合致するBtnl分子としてリンパ管内皮細胞に発現するBtnX(仮称)を同定し、BtnX欠損マウスを作成した。その結果、BtnX欠損マウスではリンパ節および皮膚のVγ4陽性Vδ4陰性γδT17細胞が減少し、イミキモド誘発乾癬モデルが軽快することを明らかにした。
田中 真司
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科炎症性腎疾患において腎神経が果たす役割の解明100
腎臓を支配する神経は、脳から腎臓に情報を伝える交感神経(遠心性)と腎臓から脳に情報を伝える感覚神経(求心性)の2種類からなる。腎神経の束の中では2種類の神経が混在していることが多いため、両者を物理的に分けて選択的に操作することは不可能である。申請者の報告を含めた最近の報告では、感覚神経の刺激は炎症抑制・促進両方をもたらし得ることがわかってきた。本研究では、最新の技術を用いて腎感覚神経を選択的に操作し、炎症性腎疾患において腎感覚神経が果たす役割を解明することを目的とした。結果としては、腎臓感覚神経の選択的除神経およびlabelingに成功した。今後は、確立したプロトコルを用いAAVを腎臓に微小注射し、腎臓感覚神経の選択的抑制・刺激を行い、これらの選択的操作の効果を炎症性腎疾患モデルで検証する計画である。
藤原 英晃
アブストラクト
研究報告書
岡山大学病院 血液・腫瘍内科免疫性細胞障害による新たな細胞死から組織を守る癌治療法の確立100
 免疫チェックポイント阻害療法(ICI)はその抗腫瘍効果が期待される一方で、免疫の過剰反応が組織傷害を発生し、治療中止を余儀なくされる。一旦発症すると、高齢者は体力的負担が著しく回復困難となる。ICI治療における組織障害の機序は不明でありフェロトーシスやパイロトーシスという新たな細胞死の観点から、従来のアポトーシスとは異なる組織傷害メカニズムを解明・介入することで免疫細胞による細胞傷害への抵抗性を向上させる安全かつ効果的ながん治療法を確立させることを目的とする。
細川 裕之
アブストラクト
研究報告書
東海大学医学部 基礎医学系 生体防御学Notchシグナルが転写因子PU.1の機能をダイナミックに変化させる分子基盤100
ガン遺伝子PU.1 は様々な血球細胞の発生や機能を制御する転写因子で、様々な免疫細胞において細胞系列特異的なターゲット遺伝子の発現を制御する。PU.1の機能や発現量は血球細胞の系列や、発生段階によって厳密に制御されている。我々はこれまでに、T前駆細胞におけるPU.1会合分子のプロテオミクス解析やPU.1およびPU.1会合分子のChIP-seq解析を行うことで、PU.1がT前駆細胞特異的な機能を発揮する分子メカニズムやT前駆細胞の発生に伴ってPU.1の発現がタイミングよく抑制される分子メカニズムを明らかにしてきた。本研究では、リンパ球前駆細胞がNotchシグナルを受け取り、T前駆細胞へと分化する際にダイナミックなPU.1の機能変化が誘導される分子メカニズムの解明を目指し、Notchシグナルを受け取る前後でPU.1会合分子のプロテオミクス解析、およびPU.1結合ゲノム領域の網羅的同定を行った。
本田 知之
アブストラクト
研究報告書
岡山大学学術研究院医歯薬学域外来性ウイルスによる内在性ウイルスを介した神経機能異常の解明100
ウイルス感染症には中枢神経系の機能異常を呈するものがある。抑うつ症状や意欲の低下などは、多彩なウイルスによって引き起こされる。このことから、ウイルス感染に共通の因子が存在し、それが神経機能異常を誘導すると考えられる。神経機能異常をもたらしうる因子として、内在性レトロウイルス配列(ERV)が考えられる。ERVは外来性のウイルスとは独立した宿主側の存在である。様々な外来性ウイルス感染により共通のERV変化を起きるなら、神経機能異常が類似する理由を説明できる可能性がある。本研究では、神経機能異常を引き起こす外来性ウイルスであるボルナウイルス(BoDV)をモデルとして、この可能性を検証した。BoDV感染は、特定のERVサブクラスを誘導した。そのERVが神経系ERVサブクラスを誘導し、神経系トランスクリプトームに異常をもたらすことも見出した。見出したERVは、神経機能異常の新しい治療標的になりうる。

2022年度
血液医学分野 COVID-19関連 一般研究助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
石田 竜弘
アブストラクト
研究報告書
徳島大学大学院医歯薬学研究部(薬学域) 薬物動態制御学分野COVID19ワクチン投与による抗PEG抗体の誘導 とアナフィラキシー反応に関する研究100
COVID-19 mRNAワクチンに含まれるPEGに対する免疫反応とその誘導機構の解明を通じ、本ワクチン投与時に生じるアナフィラキシーショック誘導機構の解明を目的として検討を行った。血中の抗PEG IgMは、投与部位(筋組織)のmRNAワクチンには影響しづらく、抗スパイク抗体の誘導を抑制することはないが、血中に漏出したmRNAワクチンを捕捉して補体系を活性化することで、補体受容体を介した肝マクロファージによる取り込みと分解を促進する事が示された。本検討から、mRNAワクチン投与時のアナフィラキシー様反応の原因の一つとして、mRNAワクチンの構成成分であるPEGに対する抗体の誘導とこの抗体が誘導する補体活性化が重要な役割を果たしている可能性が明確となった。世界的なmRNAワクチン投与数の増加に比例して致死性の副反応発症の報告もあり、関連の研究はmRNAワクチンに対する潜在的な忌避感を回避することにも役立つため、本研究の意義は大きい。
植木 紘史
アブストラクト
研究報告書
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門2光子生体イメージングで解明するCOVID-19肺炎の病態メカニズム100
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の重症例では免疫細胞の肺浸潤が認められ、病態の増悪に関与することが示唆されている。SARS-CoV-2の感染部位における病原性発現メカニズムを解明するためには、ウイルス感染個体の体内で起きている様々な生理学的事象を可視化して解析する必要がある。本研究では、我々が開発した生体肺イメージングシステムを用いることでSARS-CoV-2感染肺における病態生理学的変化を高解像度で観察することに成功した。SARS-CoV-2感染肺では肺血管中の免疫細胞の数が増加し、血小板との複合体による微小血栓が形成されることで病態の増悪に寄与している可能性が明らかとなった。生体イメージング法を用いて感染微小環境を観察することで従来の組織学的な解析では見出すことのできなかったSARS-CoV-2感染肺における免疫細胞応答の一端が明らかとなった。
新中須 亮
アブストラクト
研究報告書
愛媛大学 学術支援センター 医科学研究支援部門 感染症研究支援分野SARS関連ウイルス万能B細胞の効率的活性化誘導のためのヘルパーT細胞抗原設計法の確立100
新型コロナウイルスに関する懸念は、新たなパンデミックが発生することである。そのため、ユニバーサルワクチンが存在することは有益である。申請者は、これまで広域交差反応性中和抗体の効率的誘導法の確立を目指して研究を行い、SARS-CoV2スパイクRBDコア領域を標的とした改変RBD抗原が、SARS類縁ウイルス交差反応性抗体の誘導に効果的であることを明らかにしてきた。しかしながら、この抗原にはヘルパーT細胞を活性化できる抗原エピトープが乏しいことが問題として存在していたことから今回、ヘルパーT細胞新規抗原探索・設計法確立を目標に研究を開始した。探索に際してはTfh細胞のもつTCRに注目し、結果、スパイク蛋白S2領域に存在する2カ所のエピトープ領域の同定に成功した。現在は、同定したTエピトープ抗原について、改変RBD抗原との融合蛋白を作製中であり、今後ワクチン接種による評価試験を実施する計画である。

2022年度
血液医学分野 若手研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
高橋 智子
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 解剖学遺伝子改変マウスを用いた歯周病態イメージング解析による新生血管の同定100
歯周組織は、生体において歯に加わる咬合力、食物の刺激や温度の急激な変化、さらには細菌の侵入という過 酷な環境に適応するために特徴的な構造を有した歯の支持組織である。歯周組織に生じる疾患の総称である歯周病が歯を喪失する1番の原因であることが報告されている一方で、歯周病に対する予防や治療法の開発は十分に進んでいるとは言い難い。これら開発が遅れていた理由として、歯周病が細菌因 子、宿主因子、環境因子が影響して発生、進行する多因子性疾患であることや、硬組織を含む歯周組織の可視化解析によるメカニズム解明が困難とされることが挙げられる。このような背景の中、申請者は最近、硬組織における可視化技術を開発し、歯の硬化に関わる血管細胞集団を同定した。本研究では硬組織下における血管立体構造を可視化する独自技術を用いて、歯周病態における血管新生の関与やその特性解析を行うことを目的とする。
長屋 聡美
アブストラクト
研究報告書
金沢大学医薬保健研究域 保健学系遺伝子組み換え型活性化プロテインCの細胞保護効果と治療への応用100
活性化プロテインC (APC)と内皮細胞プロテインC受容体 (EPCR)との親和性が細胞保護効果に及ぼす影響を解明するため、EPCR親和性低下型APCとしてはR189Qを、EPCR高親和性型APCとしてはS45LおよびR51Lを作製した。PC安定発現細胞株の培養上清からPC精製を試みたが、充分量のPCが取得できたのはWTとR189Qのみであった。R189QのAPCアミド分解活性はWTと大きな差はないと推測された。PCとEPCRの固相結合実験の結果、R189Qの親和性が有意に高い結果となった (p<0.001)。EPCRとの結合実験は、Gla化効率の違いや、3×FLAGによる構造的な影響も含まれている可能性がある。今後、正確なKD比較のため、表面プラズモン共鳴法を用いた測定を行う。EPCR高親和性型APCが作製できれば、新たな抗炎症治療薬の開発につながる可能性がある。また、細胞保護効果の減弱による血栓形成メカニズムが解明されれば、血栓症治療薬の新たなターゲットとなりうると考える。
久田 諒
アブストラクト
研究報告書
北海道大学病院 リウマチ・腎臓内科細胞内代謝、特にGlycolysisを標的とした抗リン脂質抗体症候群の新規治療開発100
抗リン脂質抗体症候群(APS)は血栓症や習慣性流産を引き起こす自己免疫疾患で、単球の活性化が病態に寄与している。現在の主な治療は抗血栓療法による対症療法にとどまっている。本研究では、単球の細胞ラインTHP-1に抗リン脂質抗体を添加し、その活性化と解糖系の変化を評価した。結果として、抗体の添加によってTHP-1の解糖活性が増加し、解糖経路阻害薬が単球活性化を抑制することが明らかとなった。これは、解糖経路を標的とする新しい治療法の可能性を示唆しており、APSの治療に重要な意味を持つと考えられる。
丸山 慶子
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター 分子病態部Protein S遺伝子のイントロン1に潜む未知の発現調節機構の解明100
プロテインS(PS)は、肝細胞や血管内皮細胞などで合成され、活性化プロテインCや組織因子経路インヒビターの補因子として働き、血栓形成を抑制する。ヒトPS遺伝子PROS1は全長約100 kbpで15個のエクソンからなり、イントロン1が約46 kbpと非常に長いという特徴をもつ。本研究では、転写活性解析により、ヒトPS遺伝子のイントロン1内に3カ所のエンハンサー領域および3カ所のサイレンサー領域を同定した。さらに、イントロン1欠失マウスを作製し、イントロン1がマウス個体においても発現調節に関与することを明らかにした。
安藤 眞
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 微生物学免疫学教室T細胞疲弊の制御によるリプログラミング法の開発と固形がん治療への応用100
CAR T細胞の幹細胞性の喪失や疲弊化は、固形癌を標的としたCAR T細胞療法の大きな障壁となっている。我々は、これらの課題を解決すべく疲弊化と幹細胞性に焦点を当て、異なるアプローチによるヒトCAR T細胞のリプログラミング法の開発に取り組んだ。我々は、NR4Aの遺伝子欠損やドミナントネガティブNR4Aの遺伝子導入によって、疲弊抵抗性CAR T細胞を作製することに成功した。さらに、幹細胞様CAR T細胞の主要制御因子としてFOXO1を同定した。上記のNR4A編集CAR T細胞およびFOXO1導入CAR T細胞は優れたミトコンドリア代謝を有しており、固形がんモデルマウスおいて強力な抗腫瘍効果を示した。以上より、疲弊化因子NR4Aの機能阻害および幹細胞様因子FOXO1の活性制御は、固形癌を標的としたCAR T細胞療法の開発戦略として極めて有望であると考えられる。
伊藤 雄介
アブストラクト
研究報告書
愛知県がんセンター研究所 がん医療創生基盤開発領域 腫瘍免疫応答研究分野がん微小環境を複合的に制御するナノ粒子プラットフォーム開発100
がん免疫療法の効果を高めるには、固形腫瘍が作り出す免疫抑制性の微小環境(TME)における免疫抑制シグナルを解除することが重要である。我々の研究室では、免疫制御分子を複数同時に搭載するナノ粒子の技術を開発しており、本研究ではこの技術を端緒として、腫瘍局所で複数のシグナルを同時に賦与し、TMEを改変するナノ粒子の開発を目指した。IL-12やIL-18などのサイトカイン、免疫チェックポイント阻害抗体などを同時にナノ粒子に搭載することで、個別の抗体医薬・薬剤では得られない複合的な刺激を誘導し、多面的にTMEを改変できることを示し、in vivoの実験系で生存延長効果を認めた。このナノ粒子は、従来の免疫療法が効きにくい固形腫瘍に対して有効な治療法になり得る。
齋藤 清香
アブストラクト
研究報告書
熊本大学国際先端医学研究機構 幹細胞プロテオスタシス研究室貧血ストレスに対する造血幹細胞の応答機構の解明100
多くの成体造血幹細胞は骨髄内で静止期に置かれているが、様々な造血ストレスに応答するために増殖を亢進し、かつ特定の血液細胞に偏った造血を行うことが明らかとなっている。赤血球は毎日約2000億個が新たに産生されており、体全体の80%を占める細胞であるが、急性貧血ストレスに対する造血幹細胞応答は明らかになっていない。赤血球造血に重要な転写因子であるGata1やエリスロポエチン受容体などは造血幹細胞では発現しておらず、造血幹細胞が急性貧血に応答するならば未知の制御機構が介在していると考えられる。そこで、本研究では急性貧血ストレスに対する造血幹細胞の応答と赤血球分化制御メカニズムを解明することを目的とした。
安部 佳亮
アブストラクト
研究報告書
筑波大学 血液内科大規模マルチオミクス解析によるリンパ腫免疫環境変化の探索100
濾胞性リンパ腫は発生頻度が高く、再発率が高い。近年、腫瘍浸潤T細胞の重要性が認識されているが、どういった特徴を持つT細胞がより直接的な影響力を有しているのかは理解されていない。本研究では、シングルセルRNAシーケンスによる腫瘍浸潤T細胞の解析、ヒトサンプルを用いた生物学的特性についての実験、多重免疫染色・空間解析の多数例への適応を実施し、濾胞性リンパ腫に特異的に増加している特徴的なT細胞集団を複数同定した。これらの細胞は特異的な病理学的分布パターンを示し、さらにin vitroの実験結果から抗リンパ腫活性を有していた。さらに、これらの細胞の割合は有意に濾胞性リンパ腫患者の予後と関係しており、独立した予後予測因子として同定された。これらは濾胞性リンパ腫の病態の理解に役立つ知見であり、今後の臨床的マネジメントを飛躍させる一助となることが期待される。
佐伯 法学
アブストラクト
研究報告書
愛媛大学プロテオサイエンスセンター 病態生理解析部門マクロファージを基盤とした関節リウマチに生じる性差機構の解明100
関節リウマチは病態に性差が認められ、女性ホルモンが発症や病態に関与していると考えられているが詳細な分子機構は不明である。本研究では、滑膜Møに発現するエストロゲン受容体(ERα)の機能に着目し、関節リウマチにおける病態性差機構を、遺伝子改変マウスを用いた関節炎病態解析・シングルセルRNA-seq解析・細胞内代謝解析等の手法で明らかにすることを目的とした。研究成果により、末梢血由来Møではなく、滑膜Møに発現するERαシグナルは関節炎病態下において細胞内代謝の異常亢進を呈することでアポトーシスを起こすことが示唆された。エストロゲンの存在により滑膜Møが欠落しやすいことが女性で関節リウマチの多い一因になると考えられる。
鈴木 秀文
アブストラクト
研究報告書
横浜市立大学大学院医学研究科 分子生物学分野転写伸長因子MED26の異所性液滴形成が混合型急性白血病を引き起こす分子機構の解明100
腫瘍性疾患をはじめとする様々な疾患において、RNAポリメラーゼIIの転写調節の破綻が疾患の発症に関与する。メディエーター複合体のサブユニットMED26は、RNAポリメラーゼIIの転写調節に必須な因子であるが、染色体転座の結果生じるMLL融合タンパク質によってMED26が白血病関連遺伝子領域にリクルートされることで、白血病関連遺伝子が活性化されている可能性が考えられた。本研究では、MED26がMLL融合遺伝子と協働して転写を活性化すること、そして、MED26は天然変性領域を介して液滴を形成することが明らかとなった。これらの結果から、MED26の異所性液滴形成が、MLL融合タンパク質による白血病遺伝子の転写活性化に重要な役割を果たしている可能性が考えられた。
森 大輝
アブストラクト
研究報告書
大阪大学感染症総合教育研究拠点 感染症・生体防御研究部門 生体応答学チーム濾胞性ヘルパーT細胞の記憶細胞分化機構の解明100
 T細胞は感染応答などで活性化され、さまざまな免疫細胞を助ける役割を担う”免疫応答の司令塔”のような細胞である。その中でも濾胞性Tヘルパー細胞 (Tfh細胞) と呼ばれるサブセットは、B細胞の活性化を助け抗体の親和性成熟などに重要であることが知られている。しかしこのTfh細胞が効率よくB細胞活性化を補助する機序の詳細はあまり明らかではない。本研究では、マウス感染モデルでの抗原特異的T細胞の解析を行い、抗原認識機構がTfh細胞分化や運命決定に与える役割を解析した。その結果、感染応答に伴って優位に増殖するクローンは、Tfh細胞だけでなく他の異なる細胞型にも分化する能力を持つことが明らかとなった。このような機構によって生体は免疫応答の多様性を担保していると考えられる。今後は、これらの詳細な分子メカニズムを解明する研究を遂行し、効率の良い免疫応答誘導法などの開発に貢献できることを目指した研究を行う予定である。

2022年度
血液医学分野 若手研究者継続助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
藤原 隆行
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部附属病院 循環器内科時空間的マルチスケールイメージングによる難治性循環器疾患の病態解明 100
難治性血管疾患である肺動脈性肺高血圧症および大動脈瘤・解離症候群の病態解明のため、我々は三次元可視化システムを用いた血管構造の立体解析の確立、およびヒト原因遺伝子の導入による疾患モデルマウスの作成を試みた。組織透明化技術CUBICならびに多光子顕微鏡を用いた三次元可視化システムでは、肺血管・大動脈の三次元構造を臓器全体から微細構造に至るまで描出することに成功した。またヒト疾患家系における遺伝子変異の導入およびそのほかの遺伝子変異の組み合わせにより、新規PAHおよびTAADモデルマウスの作成に成功した。その一部においては三次元的な病態像の描出に成功し、また網羅的解析より、慢性炎症やDNA損傷がその病態に関与している可能性が示唆され、新規治療法の探索のため、さらなる病態解明を推し進めていきたい。

2022年度
循環医学分野 一般研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
稲垣 健志
アブストラクト
研究報告書
自治医科大学医学部 解剖学講座 法医学部門脳細動脈硬化における血管線維化機構と脳血管周囲マクロファージの役割の解明100
脳卒中の病態には脳細動脈硬化など血管の構造変化(血管リモデリング)が重要である。申請者は高血圧ラットを用いた研究から、脳細動脈硬化の進行過程で脳細動脈周囲にI型コラーゲンの増生が起こること、このI型コラーゲン線維は脳血管周囲マクロファージ(PVMs; perivascular macrophages)周囲に多数認められ、脳細血管周囲のI型コラーゲン産生細胞の多くがPVMであることを見出した。本研究は線維性コラーゲン代謝を端緒として脳血管リモデリングの全容解明を目的に、正常血圧ラットの加齢に伴う脳細動脈の血管線維化とPVMに関する超微細形態学的研究を行った。PVMは加齢の条件下で脳細動脈周囲におけるコラーゲン線維の増生と関連し、またPVMはライソゾームの著明な空砲化により細胞が肥大し、老化によって引き起こされる脳細動脈硬化性変化に関与していると考えられた。
古賀 政利
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター 脳血管内科 脳神経内科頭蓋内動脈解離の疾患関連遺伝子の探求100
本研究では、若年性脳卒中の主要な原因である頭蓋内脳動脈解離の遺伝的基盤を解明することを目的とする。単施設観察により、既に100例のGWASを実施し、更に100例を予定。初期データでは、120例のジェノタイプ情報から、前方循環系と後方循環系の解離に関連するヴァリアントの差異が示唆された。結果は統計的検出力が低いが、頭蓋内動脈解離への個別化医療や新治療開発への貢献が期待される。
宮脇 哲
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部 脳神経外科Long read sequencingによるもやもや病の新規遺伝子異常の同定100
もやもや病はその疾患感受性遺伝子として RNF213 遺伝子が特定され、この遺伝子上のミスセンス変異 p.Arg4810Lys がもやもや病の発症と関連していることが明らかとなっているが、この変異単独では発病を説明できていない。本研究では、long read sequencing を用いて、もやもや病の新規の疾患遺伝子構造異常を同定し発症メカニズムを解明することを目指した。48検体分のlong read sequencingのデータの解析の結果、もやもや病患者の中でも症例によって長さのばらつきがある繰り返し配列をRNF213内に認める他、健常人との比較でも長さの異なる繰り返し配列を認めている。今後さらに症例数を増やし、健常人と比較してもやもや病に特異的な構造異常や、もやもや病症例の中でも臨床表現型の差異に影響しているような構造異常を同定することを目指している。
安西 淳
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 循環器内科心筋梗塞後の炎症・修復を制御する新規分子機序の解明100
急性心筋梗塞に対する再灌流療法の発達は、急性期死亡率を劇的に低下させたが、重症例の救命によって慢性心不全の有病率をむしろ増加させるというパラドックスを生んだ。MI後組織修復の過程には免疫応答の賦活化とそれに付随した炎症反応が不可欠であるが、これらが一度過剰になるとかえって組織障害を進展させ、梗塞後心不全を増悪させてしまう。近年、CANTOS試験(NEJM 2017)など、動脈硬化の二次予防に抗炎症作用を持つ薬剤が有効であることが実臨床でも明らかとなりつつあるが、MI後に免疫応答や炎症反応が過剰となる機序は未だ不明である。本研究では心臓線維芽細胞由来Sipa1を中心とした新たな炎症分子カスケードを明らかとし、梗塞後心不全予防のための創薬基盤を構築する。
岡本 洋介
アブストラクト
研究報告書
秋田大学大学院医学系研究科 細胞生理学講座リークカリウムチャネルによる細胞骨格依存的な心房性不整脈の制御機構100
心房細動は日本で最も頻度が高い心房性不整脈であり、170万人以上罹患者がいる。現行治療法である肺静脈アブレーションは発作性心房細動に対して有効だが、非発作性心房細動に対する効果は限定的である。本研究では、慢性心房細動患者の心臓で発現が減少するKCNK2チャネルに焦点を当て、心房性不整脈の分子機構を解明することを目指した。KCNK2の機能を評価するために、コンディショナルノックアウトマウスを使用して心機能評価や不整脈誘発実験、単離心筋のパッチクランプ実験を実施した。その結果、KCNK2は心房性不整脈の発生を制御する可能性があり、TPM1との結合がその機構において重要であることが示唆された。この研究は心房性不整脈の新たな治療標的としてKCNK2を提案し、循環器領域の研究に対して臨床的な意義を有している。
河原崎 和歌子
アブストラクト
研究報告書
東京大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス&メディシン血圧制御におけるアンジオテンシンーWnt5aシグナルクロストークの解明100
申請者はこれまで、加齢に伴い血中の抗加齢因子Klothoが減少した状況で高食塩食を摂取すると、血管収縮経路であるnon-canonical Wnt5a-RhoA系が活性化し、血管収縮が亢進して高血圧を発症することを高齢マウスモデルで示し、高齢者における食塩感受性高血圧の発症機序を明らかにしてきた。さらに、Ang IIは血管のRhoAの活性化を介して高血圧形成に関わるが、血管平滑筋細胞を用いた実験でAng IIはWnt5a依存性にRhoAを活性化し、Klothoにより抑制されることを見出した。これらのことから、加齢個体では血中Klothoが減少し、高食塩摂取時に血管でnon-canonical Wnt5aシグナルが活性化され、これに依存してAng IIシグナルが活性化し、両シグナルがクロストークを生じて相乗的に高血圧形成に関わることが示唆され、本研究ではその機序解明と生体における検証を進めている。
木岡 秀隆
アブストラクト
研究報告書
大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学細胞内部位特異的コシャペロンを介した心臓恒常性維持機構の解明と新規治療戦略の確立100
研究代表者らは先行研究によって分子シャペロンHSC70のコシャペロンBAG5欠損により発症する遺伝性拡張型心筋症を報告した。シャペロン・コシャペロンは、多くのタンパク質と相互作用することで、シャペロームと呼ばれるネットワークを形成することにより、タンパク質恒常性(プロテオスタシス)を維持していると考えれているが、BAG5欠損からプロテオスタシスの破綻に至る詳細な分子機序については未解明である。本研究では、BAG5欠損によってプロテオスタシス破綻を来す分子機序について、シャペロームネットワークのプロテオミクス解析を行い解明することとした。本研究によって、今まで認識されていなかった分子シャペロンHSC70とE3リガーゼSCF複合体の新規相互作用を明らかにした。筋小胞体特異的コシャペロンBAG5は、両者の結合を増強することによって、筋肉小胞体タンパク質のプロテオスタシス維持に寄与しているものと考えられる。
絹川 真太郎
アブストラクト
研究報告書
九州大学大学院医学研究院 循環器内科学心不全に合併するサルコペニアの機序の解明100
サルコペニアを合併する心不全患者が増加している。その中心病態である骨格筋萎縮はタンパク合成と分解のバランスの破綻によってもたらされる。O-GlcNAc化修飾は、タンパクリン酸化修飾の制御に関わっている。本研究は、心不全における骨格筋萎縮の形成・進展にタンパク合成や分解に関わる種々のタンパクのO-GlcNAc化修飾が重要な役割を果たしているかどうかを明らかにすることであった。心筋梗塞後心不全マウスの骨格筋で萎縮が起こり、タンパク合成・分解のバランスが破綻していた。また、骨格筋タンパクのO-GlcNAc化が低下し、OGAの増加によって達成された。C12C12培養細胞を用いた実験で、OGAを抑制し、O-GlcNAc化を増加させることによって、萎縮関連タンパクの発現が減少することが明らかとなった。これらの結果は、骨格筋タンパクのO-GlcNAc化と骨格筋萎縮は密接に関連することを示唆した。
草場 哲郎
アブストラクト
研究報告書
京都府立医科大学大学院医学研究科 腎臓内科学腎ナトリウムリン共輸送体阻害による心不全治療の試み100
SGLT2阻害薬が心不全患者の予後を改善することから、近位尿細管のNaチャネルは魅力的な治療標的である。また血中リン濃度の上昇とそれに引き続くFGF23の上昇は、血管の石灰化や心血管疾患の発症に関連する。そこで今回の研究では、近位尿細管に発現するNaとリンの共輸送体であるNaPi2aの機能を抑制し、圧負荷心不全モデルと尿毒症性心筋症モデルにおいて心不全進展予防効果を発揮するかを検討した。NaPi2a-KOマウスでは、定常状態でWTに比し血清PやFGF23は低下していた。心組織ではANP発現の低下を認め、体液量の減少が示唆された。圧負荷心不全モデルに関して、WT、KOマウスにTACを実施したところ,術後4週間ではWTと比べKOで左心室駆出率(LVEF)が保たれていた。5/6腎摘による尿毒症性心筋症モデルでは、LVEFが腎不全発症に伴い低下したが、WTとKOの間で差は認めなかった。これらの結果より、NaPi2aの抑制が心不全の新規治療標的となる可能性がある。
新谷 泰範
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター 分子薬理部ラミノパチーの臓器特異性を担う分子メカニズムの解明100
申請者が同定した膜タンパク質AIPIDの KOマウスは、ラミノパチーモデルマウスのフェノタイプを改善させ、ラミノパチーへの病態形成へ関与する。本研究の目的は、AIPIDが関与するラミノパチーの病態形成メカニズムおよび臓器特異性を担う分子メカニズムを明らかにすることである。AIPID過剰発現マウスの心臓を出発材料とし、AIPIDの結合蛋白を質量分析で網羅的に解析し、小胞輸送に関わる分子Xを同定した。次にマウス心筋様細胞株であるHL1細胞にAIPIDおよびコントロールとしてGFPを恒常的に発現する細胞を作製し、生化学的に分画し、各分画における定量プロテオミクスを実施、形質膜分画にAIPID発現により濃縮される複数のタンパク質を同定した。本研究の結果は、ラミノパチーの病態形成に小胞輸送の異常が関与する可能性を示唆する。
新藤 隆行
アブストラクト
研究報告書
信州大学医学部 循環病態学教室血管の恒常性制御は、癌転移抑制法となりうるか?100
 アドレノメデュリン(AM)は、血管の恒常性維持作用を有するペプチドであり、その機能は主として、AMの受容体活性調節タンパク、RAMP2あるいはRAMP3によって制御されている。本研究では、AM-RAMP2、3系と癌転移の関連を検討した。
 血管内皮細胞特異的RAMP2ノックアウトマウス (DI-E-RAMP2-/-)では、転移予定先臓器の血管における炎症が、転移前土壌となること、さらに内皮間葉転換による血管構造の不安定化により、転移が促進する結果となった。一方、RAMP3ノックアウトマウス(RAMP3-/-)では、癌関連線維芽細胞(CAF)が間葉上皮転換を生じて良性化し、転移が抑制された。
 AM-RAMP2系による血管の恒常性制御機構と、AM-RAMP3系によるCAFの制御機構に注目し、選択的にRAMP2を活性化し、RAMP3を抑制することが、癌転移の抑制につながると考えられた。
末冨 建
アブストラクト
研究報告書
山口大学 器官病態内科学カルモジュリンキナーゼを標的とした炎症・線維化抑制による新規心不全治療薬の開発100
【目的】
HFpEFの主要所見である心筋拡張障害とそれをもたらす心筋線維化の抑制に、CaMKIIが標的となりうるかを検証する。
【結果】
NOS阻害薬および高脂肪食負荷により心筋組織の著明なCaMKII活性上昇、Caspase1活性、ASC、NLRP3のmRNA増加がみられた。同様の負荷を行ったマクロファージ特異的CaMKII-KO マウス(mKOマウス)ではこれらの病的変化が抑制されていた。mKOマウスにおいて、心筋細胞の肥大は野生型と同程度であった。CD68陽性細胞の心筋内集積については有意差はみられなかったが、mKOマウスにおいては線維化マーカー発現および心筋線維化が顕著に抑制されており、慢性期の心エコー上の左室拡張能指数は有意に保持されていた。心負荷に伴う炎症シグナル発生、組織線維化、拡張能低下という一連の心リモデリング過程に対してマクロファージ内CaMKIIが治療標的となりうることが示唆された。
田尻 和子
アブストラクト
研究報告書
国立がん研究センター東病院 循環器科自己免疫性心筋炎の発症と進展における翻訳制御因子EIF4Eの役割の検討100
EIF4EBP3は心筋炎を発症すると心臓での発現が増加し、その発現は心筋細胞や心筋線維芽細胞では増加せず、心臓に浸潤するCD45陽性白血球、特に樹状細胞やCD4陽性T細胞での発現が顕著であった。EIF4EBP3遺伝子欠損マウスでは心筋炎が減弱し、骨髄キメラ実験ではEIF4EBP3遺伝子欠損マウス由来の骨髄細胞を移植したマウスでは心筋炎が誘導できないことから、骨髄由来細胞におけるEIF4EBP3が心筋炎の誘導に大きな役割を果たしていることが示唆された。さらに、EIF4EBP3遺伝子欠損マウス由来の樹状細胞はレシピエントマウスに心筋炎を誘導できなかったため、EIF4EBP3は樹状細胞の抗原提示や活性化に重要な役割を果たしていることが示唆された。
西山 功一
アブストラクト
研究報告書
宮崎大学医学部 機能制御学講座 血管動態生化学分野血管内皮ーペリサイトー血流間作用による微小血管網維持の破綻と心不全病態形成100
近年、心機能が保たれた心不全(HFpEF)において、心筋内微小循環異常の関与が指摘されているが、その本態は不明である。本研究では、血管内皮-ペリサイト-血流間作用による血管基底膜形成を介した微小血管網維持機構の破綻が、いかにHFpEF病態に関与するか明らかにすることを目指した。結果、血管内皮−ペリサイト間作用により、TGFβ2-Alk5-Smad2/3経路を介した4型コラーゲン(Col-IV)血管基底膜形成が促進し、血管新生を進める機序がわかった。この作用に加え、血流の血管基底膜保持作用があいまり、微小血管網構造が維持されるしくみが示唆された。また、加齢などの異常により、血管内皮−ペリサイト−血流間作用による血管基底膜形成・保持機構が破綻し、微小血管網異常をきたすことで、HFpEF病態に至るしくみが推測された。本研究で樹立したCol4a1/a2 floxマウスは、微小血管網形態異常の HFpEF病態への関与の解析に有用であると期待される。
野村 征太郎
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部附属病院 循環器内科ゲノム持続可能性の理解を通した心不全の病態解明と制御100
ゲノムは持続可能な社会を形成している。様々な刺激で誘発されるDNAへの損傷を修復しながら、その遺伝情報を転写で読み取ることで、細胞や個体の一生は支えられている。しかしながら、この「ゲノム持続可能性」が破綻すると心不全などの老化関連疾患を発症する。本研究は、心不全においてゲノム持続可能性を制御する分子に着目し、その分子挙動や相分離機序を解明し、心不全の上流・反応場・下流を一貫して解明することを目指した。その結果、ゲノム持続可能性を制御する因子Lamin A/C(遺伝子名:LMNA)に転写因子を核膜にトラップする機能があることを解明した。LMNA遺伝子変異はDNA損傷蓄積を介して早老症の発症に関わることが知られていたが、転写制御の変化を生じる新たな分子機序を解明した。これは循環器疾患における精密医療の発展に大きく貢献すると期待される。
花谷 信介
アブストラクト
研究報告書
熊本大学病院 循環器内科新規線維化関連因子に着目したHFpEFの新規機序解明とその臨床応用100
本研究の目的は、新規線維化関連因子であるHE4と左室収縮の維持された心不全(HFpEF)の関連について明らかにすることである。
 HFpEFモデルとしてNOS阻害薬+高脂肪食負荷モデルマウスを作成したところ、心エコーで評価した左室肥大は確認できたものの、心不全の所見である肺重量増加は確認できず、かつ心臓でのHE4の遺伝子発現も有意な変動は認めなかった。HFpEFモデル作成そのものが上手くいっていないためと考えられ、現在他のHFpEF病態モデルを作成中である。
 並行してHE4のノックアウトマウス作成も進めており、CAG-CreERT2マウスとCRSPR/Cas9を用いて作成したHE4 floxマウスの交配を行った。得られた成体にタモキシフェン投与を行いCreタンパクの発現を誘導したのち各臓器でのHE4発現を評価したところ、少なくとも肺と腎臓においてHE4発現が著明に抑制されていた。今後ノックアウトマウスを用いた表現型等の評価を進める予定である。
南 敬
アブストラクト
研究報告書
熊本大学生命資源研究支援センター 分子血管制御学ダウン症トリソミー因子群での循環動態改善 ー抗血管病に至る非線形的な分子基盤の解明100
循環代謝異常を引き金とした動脈硬化・血栓症での死亡率は増加の一途にある。我々はこれまでダウン症 (DS) での低い固形がん罹患率がダウン症因子 DSCR-1 や ERGのトリソミー発現と相関することを示してきたが、循環代謝の関係については研究されていない。そこで収集したDSモデルを基に、発生から加齢に至る時間軸での血管病理解析を行った。先ずDSモデルではApoE 単独欠損での動脈硬化病変が全く認められない結果が再現性高く得られ、その血清ではLDL値、中性脂肪共に正常化していた。更に、ApoE 欠損にて上昇する好中球・単球、低下するT 細胞群がDSモデルと掛け合わせることで野生型様に戻っていた。脳血管においては酸化ストレスが向上している一方、ERG 安定発現ではこれに抵抗性を示した。今後更なる臓器微小環境解析がDSでの加齢や血管保護という非線形的な事象を解明する糸口となることが期待される。
柳沢 裕美
アブストラクト
研究報告書
筑波大学 生存ダイナミクス研究センターシングルセル・分子病理解析から紐解く大動脈解離発症機序の解明100
大動脈解離は大動脈の内膜亀裂により血液が中膜に流入し大動脈破裂や臓器灌流不全をひき起こす疾患で、病院到着前死亡は約6割と極めて高い。しかし、特定の時期に再現性を持って解離を自然発症する大動脈解離マウスモデルは報告されておらず、発症機序の詳細は明らかにされていない。本研究では、我々が独自に作製した自然発症の大動脈解離マウスを用いて、炎症性単球や近年報告されたMACAIRsなどの血管内膜在住マクロファージと血管内皮細胞との相互作用を分子病理解析により検証し、シングルセル解析を用いて解離誘発因子の同定を試みた。解離初期には、内皮細胞のメカノセンシング異常による活性化と、炎症細胞の大動脈への浸潤を捉えることができた。さらに、異常な平滑筋細胞の出現が、解離の進行を促進している可能性も考えられた。これらの結果から、今後さらに大動脈解離に対する介入ポイントを同定して行く予定である。
吉江 幸司
アブストラクト
研究報告書
信州大学医学部附属病院 循環器内科新規心不全治療としてのTRPV1を介した心臓交感神経求心路修飾の意義100
各種臓器における自律神経機能が注目されており、血行動態の中心的役割を果たす心臓機能においても、その情報を中枢へと伝達し、心臓機能の調整を担う経路として重要な役割を担う。我々は、虚血性心疾患モデルにおけるTRPV1発現交感神経求心路阻害が病的心筋リモデリング抑制効果ならびに致死性心室性不整脈耐性効果を得ることを報告した。この研究成果に引き続き、非虚血性心不全モデルを対象に、同阻害効果が心臓リモデリング抑制効果を得る可能性につき検証している。またその背景メカニズムとなる脊髄T1-T3レベル、さらには脳幹および大脳レベルでの変化についても検討を進めている。増加の一途をたどる心不全症例に対して、薬物療法から非薬物療法にわたる幾多の治療法が開発される中、その予後は未だ不良である。本研究を通じ、これまでの心不全治療と機序の異なる新規治療法の開発へとつながる成果を報告していきたい。
吉田 陽子
アブストラクト
研究報告書
順天堂大学大学院医学研究科 循環器内科学/先進老化制御学講座細胞老化を標的とした新たな心房細動の発症機序の解明と治療法の開発100
本研究では、心房細動における細胞老化の病的意義を明らかにし、選択的老化細胞除去による新たな心房細動治療法の開発に挑むことを目的とした。遺伝子組換えにより心房老化マウスを作出し解析した結果、心房老化マウスは 8~10週齢という比較的若年で左心房の著明な拡大と線維化が生じ、心房細動を自然発症することがわかった。心房老化マウスに選択的老化細胞除去薬(D+Q) を投与したところ、心房の線維化と心房細動が著しく抑制されることがわかった。さらに、本モデルマウスの心房組織を用いたMicroarrayによる網羅的遺伝子発現解析を行なったところ、心房細動発症に関わる可能性の遺伝子で有意な変動があることがわかった。本研究により心房筋の細胞老化が心房細動の発症において非常に重要なメカニズムであることが示されたと共に、『選択的老化細胞除去』というアプローチが、心房細動に対する新たな治療戦略となり得ることが示唆された。

2022年度
循環医学分野 COVID-19関連 一般研究助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
松岡 研
アブストラクト
研究報告書
大阪大学大学院医学系研究科 医化学COVID-19関連心筋炎に対する治療薬及び予防薬の開発100
 COVID-19ワクチンの重症副作用に心筋炎があり、Covid-19感染自体にも心筋炎が合併する。我々は先行研究にて心筋炎では線維芽細胞が発現する接着因子Vcam-1がリンパ球を誘導し、VLA-4 (Vcam-1リガンド) 中和抗体投与により予後が改善することを示した。
 本研究において、①COVID-19関連心筋炎に対する抗VLA-4療法の非臨床POC取得、②COVID-19関連ヒト心筋炎においてもVcam-1/VLA-4経路の関与を検証し、抗VLA-4療法の臨床治験開始につなげることを試みた。
松村 光一郎
アブストラクト
研究報告書
近畿大学医学部 循環器内科COVID-19パンデミック下における心血管疾患患者の医療機関受診控えとオンライン診療の普及について100
2020年春、コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、循環器医療において、世界各国で外来患者数の急激な減少が認められ、医療提供の質と持続的ケアを維持するために、患者・医療従事者・医療システム間での迅速な適応が求められた。心血管疾患の悪化に対する診察の遅れや入院治療の減少が、予後を悪化させた。遠隔医療や心臓遠隔リハビリテーションといった新たな治療介入や、診察の遅れを回避するための代替医療が試みられた。COVID-19の脅威は衰えることなく2023年まで持続し、医療従事者は、パンデミック急性期~慢性期にかけての長期的期間における、心血管疾患患者の医療機関受診控え行動の現状について理解する必要がある。本研究は、2020年~2022年における、心血管疾患患者の医療機関受診控えとオンライン診療の普及について、疫学ビッグデータを用いた大規模調査を目的としている。

2022年度
循環医学分野 若手研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
安藝 翔
アブストラクト
研究報告書
東京大学先端科学技術研究センター ニュートリオミクス・腫瘍学分野代謝コミュニケーションを介したミトコンドリアダイナミクスの解明100
ミトコンドリアは「エネルギー産生を担う均質なオルガネラ」という古典的概念から「代謝コミュニケーションにより高次機能を制御するオルガネラ」へと変貌してきた。時々刻々とダイナミックにミトコンドリア形態は変化するが、ミトコンドリアダイナミクスの詳細な機構は、依然として不明な点が多い。報告者は、ホスホイノシタイド/イノシトールリン脂質(PIPs)の一つ、PI(3,4)P2がミトコンドリア外膜(OMMs)に膜融合関連因子を動員することで、ミトコンドリア融合を促進することを見出した。さらに、心筋細胞特異的なPI(3,4)P2代謝酵素KOマウスは、断片化ミトコンドリアが蓄積し、心臓収縮不全を呈し生後1~2日以内に死亡した。以上のことから、PI(3,4)P2は新規OMMs融合因子であり、PIPs代謝異常によるミトコンドリアダイナミクスの破綻は、重篤な循環器疾患を引き起こすことを明らかにした。
秋葉 庸平
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 循環器内科臓器横断的な一細胞解析による血管内皮細胞を介した臓器恒常性維持機構の解明100
本研究では心臓、大動脈、肺、肝臓、腎臓の1細胞RNA解析データを統合したところ、Gemininを特異的に発現し、活発な細胞増殖を行っているサブクラスターを臓器横断的に発見した。そしてこの細胞群は心不全の進行にあわせて減少することが明らかとなり、血管内皮細胞特異的Gemininノックアウトは心不全負荷をかけることなく心機能が低下し、血管周囲の線維化や心筋内へのマクロファージ浸潤を認めた。また、培養細胞を用いた検証ではGemininの発現低下は炎症を惹起し、過剰発現は炎症を抑制することが確認された。さらに、Gemininが炎症を制御するための仲介因子としてBrg1が関与していることを明らかにし、内皮細胞特異的Geminin過剰発現マウスやBrg1阻害薬投与マウスはHFrEF(Heart Failure with reduced Ejection Fraction)及びHFpEF(Heart Failure with preserved Ejection Fraction)に対して保護的な効果を呈した。
池田 昌隆
アブストラクト
研究報告書
九州大学医学研究院 循環器病免疫制御学講座フェロトーシスに関する心不全の病態基盤研究100
フェロトーシスは鉄依存性に生じる脂質過酸化により誘導され、鉄キレート剤、脂質親和性抗酸化剤、GPX4により抑制されることを特徴とする細胞死である。本研究は、ドキソルビシン(DOX)心筋症と心筋虚血再灌流傷害(I/R)におけるフェロトーシスを基軸とした病態解明と治療法の開発を目的とした。DOX心筋症では、1) ミトコンドリアを端緒としたフェロトーシスが最も優位な心筋細胞傷害の基盤であり、2) mtDNAに集積したDOXとヘム合成障害により生じた鉄過剰が協調してフェロトーシスを誘導すること、3) 5-アミノレブリン酸がヘム合成を促進し、過剰鉄、脂質過酸化およびフェロトーシスを抑制すること、を明らかにした。I/R傷害では、ヘム分解を通じて生じた小胞体の鉄過剰に基づくフェロトーシスが主たる傷害基盤であり、鉄キレート剤デフェラシロクスが心筋虚血再灌流傷害に対する新規治療戦略となることを明らかにした。
伊藤 淳平
アブストラクト
研究報告書
大阪医科薬科大学医学部医学科 薬理学教室心臓線維芽細胞活性化における鉄代謝の役割と線維化抑制機構の解明100
心臓線維芽細胞は筋線維芽細胞や炎症性線維芽細胞など異なる細胞群に分類されることが報告されているが、鉄代謝がこれらの細胞分化へ関与しているかどうかは明らかではない。本研究では『貯蔵鉄利用機構であるフェリチノファジーを介した鉄イオンの増加が心臓線維芽細胞の活性化を誘導し線維化を惹起する』という仮説を検討した。心臓線維芽細胞特異的NCOA4-KOマウスを樹立し解析した結果、生後8-11週齢や肥大期に相当する圧負荷後1週間ではNCOA4依存的フェリチノファジーの関与は低い可能性が示唆された。一方で線維芽細胞を用いたin vtro実験より、NCOA4の発現を抑制した細胞では細胞分化や細胞増殖が抑制されており、NCOA4依存的フェリチノファジーは心臓線維芽細胞の活性化に関与していることが示唆された。
勝海 悟郎
アブストラクト
研究報告書
順天堂大学医学部・大学院医学研究科 循環器内科学講座老化細胞除去ワクチンによる心不全治療効果の検証100
我々は老化細胞を特異的に除去する老化細胞除去ワクチンの開発の一環で老化血管内皮細胞でICAM1の発現増加に着目し同分子に対する老化細胞除去ワクチンを開発した。Icam1は我々の先行研究で心不全の病態促進に寄与することを突き止めており、心不全モデルマウスにおけるIcam1老化細胞除去ワクチンの効果を検証することとした。圧負荷心不全モデルマウスにおいて事前にIcam1老化細胞除去ワクチンを接種すると、心臓組織内の老化細胞が除去され、対照群と同様の圧負荷状態にもかかわらず心収縮能の改善や心臓線維化の改善が認められた。心不全に対するワクチン治療は現在皆無で、この老化細胞除去ワクチンが初の心不全治療ワクチンとなると期待される。
川岸 裕幸
アブストラクト
研究報告書
信州大学先鋭領域融合研究群 バイオメディカル研究所 バイオテクノロジー部門心筋酸素消費増大を伴わない強心薬による新生児・乳児拡張型心筋症治療薬の創出100
新生児・乳児拡張型心筋症(DCM)の治療薬はほとんどない。我々は、心筋細胞のアンジオテンシンII 1型受容体(AT1R)/βアレスチン2経路の活性化が、新生児・乳児特異的に強心作用を発揮し、DCMモデルマウスの生命予後を改善することを見出した。本研究では、βアレスチンバイアスAT1Rアゴニストとしての作用を示す化合物の探索を行った。in silicoスクリーニングにより得た101分子について、βアレスチン2経路を活性化する化合物をスクリーニングした結果、C09を同定した。C09は、Gタンパク経路の活性は変化させず、強心作用に相関する細胞内Ca2+トランジエントを増大させた。一方C09は、AngIIと競合せずにAngII-AT1Rの結合を増強した。すなわちC09は、低分子βアレスチンバイアスアロステリック作動薬であることが示唆され、新生児・乳児DCM治療薬のヒット化合物であることが示された。
佐野 宗一
アブストラクト
研究報告書
大阪公立大学大学院医学研究科 循環器内科学心不全とY染色体についての研究100
男性の加齢に伴い、血液中のY染色体が失われるmosaic loss of Y chromosome (mLOY)という現象が生じる。これまでの研究で、血液のmLOYが心不全の予後と関連し、Y染色体を欠失するマクロファージが線維化を促進することが示唆されている。本研究では、Y染色体の責任遺伝子の同定と、そのメカニズムの解明を目的とした。
伯井 秀行
アブストラクト
研究報告書
大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学頻脈誘発性心筋症における心筋タンパク質群の恒常性維持分子メカニズムの解明100
心臓移植を必要とする拡張型心筋症の新たな疾患原因遺伝子として同定したBAG co-chaperone 5 (BAG5)における分子シャペロン活性調節機能に着目し、頻脈誘発心筋症の頻拍ストレスに対する脆弱性ならびに可逆的な心機能改善の経時的変化に関わる分子メカニズムを解明することを本研究の目的とした。頻脈刺激を行った培養心筋細胞およびビーグル犬の左心室組織における遺伝子発現変化を経時的に評価したところ、心不全の顕在化に先行してBAG5遺伝子の発現が上昇することが明らかとなった。終末分化した心筋細胞における頻拍ストレスを含めた心負荷に対する耐性機構を明らかにすることは、心不全におけるリバースリモデリングに関わる分子メカニズムの包括的理解につながることが期待される。
平池 勇雄
アブストラクト
研究報告書
東京大学 保健・健康推進本部 褐色脂肪細胞が心疾患を抑制するメカニズムの理解と精密医療への展望100
我々は「エネルギー消費の促進」を介した肥満や糖尿病の治療標的として期待される褐色脂肪細胞の鍵因子NFIAを同定し、またTaiwan Biobankにおいて褐色脂肪細胞の機能を負に制御する肥満感受性SNP rs1421085と運動習慣が追跡期間中の体重増加に及ぼす遺伝子環境相互作用を同定してきた。今回、我々はNFIAがエネルギー消費の亢進作用と抗炎症作用の双方を介して肥満や糖尿病に保護的に作用することを見出した(Hiraike Y., et al. PNAS 2023)。更にUK Biobankにおいて、肥満のpolygenic risk scoreが実際のBMIをよく説明し全死亡や心血管死と正に相関することを見出した。NFIAが炎症を抑制するメカニズムの解析を進めるとともに大規模バイオバンクのデータを活用して褐色脂肪細胞が心疾患の発症に与える影響を検討することで、心疾患の治療標的としての褐色脂肪細胞の位置づけが確立すると期待される。
横川 哲朗
アブストラクト
研究報告書
福島県立医科大学 循環器内科学講座マクロファージの炎症制御機構に着目した肺高血圧症の新規メカニズムの解明100
【背景】肺高血圧症は病的肺動脈リモデリングと肺動脈周囲炎症細胞浸潤を病態とする指定難病である。肺高血圧症の肺組織において、肺動脈周囲にはマクロファージなどの炎症細胞の浸潤を認める。【目的】肺動脈周囲マクロファージの肺高血圧症における意義を明らかにする。【方法・結果】2種類の肺高血圧症動物モデルを作成したところ、肺動脈周囲にCD68陽性マクロファージ、Arginase1陽性M2マクロファージが、コントロール群より多く集積していた。また、マクロファージの受容体であるCSF1Rのリン酸化が、それぞれの肺高血圧症モデルで生じた。肺動脈周囲マクロファージの役割を明らかにするために、CSF1Rの阻害薬であるPexidartinibを肺高血圧症モデル動物に投与したところ、Pexidartinib投与群で有意に肺高血圧症が改善していた。【結語】炎症細胞であるマクロファージを制御することで、肺高血圧症が改善することを明らかにした。

2022年度
循環医学分野 若手研究者継続助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
平出 貴裕
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 難治性循環器疾患病態学寄付研究講座遺伝子変異に起因する全身性難治性血管病の病態解明と新規創薬ターゲットの探索100
Ring finger protein 213 (RNF213)遺伝子は肺動脈性肺高血圧症やモヤモヤ病、末梢性肺動脈狭窄症など複数の難治性血管病の発症に関連しており、RNF213関連血管病という新規疾患概念を提唱した。RNF213 R4810K陽性患者は現行の治療に反応性が乏しく、独立した生命予後不良因子であった。RNF213 R4810Kに相当するRnf213 R4828K陽性マウスを作製し、低酸素負荷で肺高血圧症が惹起されることを確認した。肺トランスクリプトーム解析では、炎症性ケモカインであるCXCL12が有意に上昇していた。CXCL12とその受容体であるCXCR4はがんの転移などに関連する因子である。CXCR4の阻害薬であるAMD3100を追加で腹腔内投与を行うと、肺高血圧症が軽度になることを確認した。Rnf213 R4828Kマウスの低酸素負荷モデルにおいて、CXCL12-CXCR4シグナルが関連することが示唆された。ヒト肺組織においてもCXCR4シグナルは上昇しており、ヒトでの再現性を確認した。

2021年度
先進研究助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
内田 裕之
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室治療抵抗性うつ病の回復過程に関わる病態基盤の解明1,000
ケタミンの抗うつ効果の作用機序は十分に解明されていない。本プラセボ対照二重盲検無作為化比較試験では、治療抵抗性うつ病に対するケタミンの抗うつ効果とその作用機序を脳内AMPA受容体に着目し検証した。ヒト生体脳内のAMPA受容体を定量できるポジトロン断層法薬剤[11C]K-2を用いて、ケタミン投与前後のAMPA受容体の密度変化を測定した。ケタミン治療群の反応者において特定部位のAMPA受容体の密度が有意に増加した。また、治療前に一部領域のAMPA受容体密度の低さと介入前後のうつ症状の改善の程度に有意な相関を認めた。本研究は、ケタミンの即効性抗うつ効果における神経回路ダイナミクスを解明し、新たな治療法の開発に寄与する可能性を示唆している。
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