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2024年度 研究成果報告集

2023年度
精神薬療分野 一般研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
池田 匡志
アブストラクト
研究報告書
名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学分野統合失調症感受性遺伝子変異の同定:common/rare variantの融合解析100
統合失調症の発症遺伝要因は、一塩基多型を始めとするcommon variantの寄与が大きいが、コピー数変異(CNV)などrareなvariantも一部関係する。本研究では、common variantのリスクの総和であるpolygenic risk score (PRS)と、CNV(特にサイズの大きいCNV)を考慮した解析を行うことで、SCZの候補遺伝子同定を目指した。具体的には、日本人SCZ患者genotypingデータを用いてPRSを算出、CNVをcallした上で、PRSが低いサンプルにおけるCNVに着目した。これはrare variantが寄与する蓋然性が高いため、それらサンプルの複数のCNVが新たな疾患発症の候補遺伝子として挙げられた。

小池 進介
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院総合文化研究科 進化認知科学研究センター脳画像に基づくサブタイプ分類と判別可能な機械学習器作成100
磁気共鳴画像(MRI)を用いた精神疾患研究は30年以上経過したが、いまだ臨床応用には至っていない。本研究は、MRI解析技術の限界(疾患横断比較やサブタイプ分類の不足、機種間差、年齢・性別の影響)を克服し、機械学習解析を行うことを目的とした。統合失調症151人、大うつ病性障害445人、自閉スペクトラム症154人、健常対照599人の脳MRIデータを対象とした。MRIデータは統一した前処理を行い、Traveling Subject法で機種間差補正を実施。さらに年齢・性別の非線形効果を除去した脳特徴量を作成した。サブタイプ分類では、統合失調症群では2つ、大うつ病性障害群では3つのサブタイプが特定された。特に統合失調症サブタイプ2とうつ病サブタイプ2は類似した脳構造特徴を示した。一方、自閉スペクトラム症群では明確なサブタイプ分類は困難であった。本研究の成果は、生物学的分類に基づく鑑別診断補助の開発や治療技法の進展に寄与する可能性を示唆している。
高橋 努
アブストラクト
研究報告書
富山大学学術研究部医学系 神経精神医学講座早期精神症における脳回形成異常の機能的および臨床的意義の解明100
ヒト脳の粗大な脳溝脳回パターンは信頼性の高い早期神経発達マーカーと考えられ、早期精神症では広範な脳領域における局所脳回指数上昇やヘシュル回および島回における脳溝脳回パターンの偏倚が報告される。しかし、これらの所見の機能的意義や影響要因、疾患特異性は十分には検討されていない。本研究の結果から、早期精神症にみられる粗大な脳溝脳回パターンの偏倚が白質線維連絡の異常と関連することが示唆された。一方、持続長ミスマッチ陰性電位(dMMN)発生源とされるヘシュル回の脳回パターンとdMMN振幅との関連は見出されなかった。島回の脳溝脳回パターンに関して、気分症群においても早期精神症と類似の所見が得られ、疾患特異性に関してはさらなる検討が必要と考えられた。最後に、出生季節が胎生期におけるヒト脳溝脳回形成に影響することが示唆された。
平野 羊嗣
アブストラクト
研究報告書
宮崎大学医学部 臨床神経科学講座 精神医学分野AMPA受容体標識プローブと脳磁図を用いた統合失調症のマルチモーダル研究100
本多施設共同研究では、新規開発されたAMPA受容体を標識するPET用トレーサーを用いて、AMPA受容体の密度を計測するとともに、脳波を用いて統合失調症のニューラルオシレーション異常の責任領域を特定し、最終的には両者を統合解析し、(AMPA受容体とニューラルオシレーション異常を主体とした)バイオタイプを同定することを目指した。その結果、従来から統合失調症の脳機能異常の部位として指摘されてきた、ACCや前頭皮質、上側頭葉といった領域において、AMPA受容体の密度異常が同定された。さらに、それらのAMPA受容体密度と相関するニューラルオシレーション異常パターンを示すバイオタイプ(生物学的なサブタイプ)が明らかとなった。今後は本結果をもとに、多施設研究を行い、大きなデータサンプルを用いて検証を進め、最終的にはAMPA受容体とニューラルオシレーション異常を有するバイオタイプに対する、早期診断や早期介入、新規治療法開発を目指す。
文東 美紀
アブストラクト
研究報告書
熊本大学大学院生命科学研究部 分子脳科学講座統合失調症患者死後脳のさまざまな細胞種画分からのシングルセル遺伝子発現解析100
これまで、精神疾患患者死後脳を使用した遺伝子発現解析などのオミックス解析に関する報告が多く行われているが、脳を構成する細胞種の複雑性を考慮されていないものが多い。本研究では、統合失調症患者、健常者死後脳 (n=10ずつ)から神経細胞、オリゴデンドロサイト、活性型マイクログリア、アストロサイト、その他のグリア細胞由来の細胞種由来の細胞核を分画し、100 個ずつの細胞核を使用してトランスクリプトーム解析を行った。それぞれの細胞群で患者-健常者で発現の変化を示す遺伝子の同定を行ったのちパスウェイ解析を行った結果、神経細胞画分において、神経伝達物質の放出に関与するreactome、またマイクログリア画分において自然免疫といったreactomeに、患者-健常者で発現差がある遺伝子の蓄積が検出され、これらの遺伝子発現変動が疾患の病因に関与する可能性が示された。
有賀 純
アブストラクト
研究報告書
長崎大学医歯薬学総合研究科 医科薬理学LRR膜タンパク質によるモノアミン神経系制御と気分障害・強迫スペクトラム症の病態100
脳神経系に発現するロイシンリッチリピート(Leucine-Rich Repeat, LRR)を 含む膜貫通タンパク質は神経突起の伸展制御、シナプス形成・機能維持において重要な役割を持つ。申請者らは6種類のLRR膜タンパク質よりなるSlitrk (Slit and Ntrk-like)ファミリータンパク質を同定・命名し、発現・機能解析を行った。このうち、Slitrk1欠損, Slitrk2欠損, Slitrk5欠損の3系統のマウスにおいて、モノアミン代謝と行動異常が起きることを見いだした。本研究では強迫スペクトラム症もしくは気分障害に関連するLRR 膜タンパク質遺伝子がどのような機序でモノアミン性神経系の発生・発達を制御するのか、不安様行動異常・うつ様行動異常はモノアミン性神経伝達を標的とする治療薬によりどのような影響をうけるのかを検討した。
竹内 雄一
アブストラクト
研究報告書
北海道大学大学院薬学研究院 医療薬学部門経頭蓋脳深部刺激によるうつ病制御法の開発100
うつ病はしばしば薬剤抵抗性であるため、非薬剤性の症状制御法の開発が望まれている。最近筆者らは、閉ループ大脳辺縁系刺激によるうつ病様症状制御法の開発に成功した。しかしながら当該法は脳深部への電極刺入を必要とするため、その侵襲性が課題であった。そこで本研究は、大脳辺縁系非侵襲的刺激によるうつ病制御を目指し、脳深部における超音波遺伝学的脳刺激法を確立することを目的とした。超音波遺伝学素子として、バクテリア由来の機械受容チャネルを用いた。当該チャネルを神経細胞に発現するウイルスベクターを精製し、げっ歯類の内側中隔核に接種した。通常飼育後、内側中隔核を標的に経頭蓋集束超音波照射を行い、神経活動の変調を評価した。その結果、機械受容チャネル発現群において、対照群に比して、より高効率の神経活動変調が観察された。本成果の大脳辺縁系への応用により、薬剤抵抗性うつ病を非侵襲的脳刺激で制御する技術を創出できる。
橋本 謙二
アブストラクト
研究報告書
千葉大学社会精神保健教育研究センター 病態解析研究部門腸-脳相関に基づく合成麻薬MDMAのレジリエンスに関する研究100
覚せい剤の誘導体である合成麻薬MDMAは、世界中の若者によって乱用されている薬物である。MDMAは覚せい剤とは異なり、ドパミン神経系への作用が弱く、主にセロトニン神経系とオキシトシン系に作用する。近年、MDMAを精神療法と組み合わせることで、PTSD患者の症状を有意に改善することが報告され、注目を集めている。これまで、マウスの社会的敗北ストレスモデルにおいて、MDMAを投与すると、うつ様行動を示さないこと、さらに腸-脳相関がその効果に寄与している可能性を報告した(。迷走神経は腸-脳相関に重要な役割を果たしているため、本研究ではマウスの慢性拘束ストレスモデルを用いて、MDMAのレジリエンス効果における迷走神経切断の影響を調べることを目的とした。
MDMAの投与は、慢性拘束ストレスに対してレジリエンス効果を示した。一方、横隔膜下で迷走神経を切断したマウスでは、MDMAのレジリエンス亢進作用が見られなかった。
長井 篤
アブストラクト
研究報告書
島根大学医学部 内科学講座  内科学第三 脳神経内科尿中エクソソームタンパク測定による認知障害早期診断法開発100
尿中エクソソームタンパク測定による認知障害のバイオマーカー確立の基礎研究をおこなった。ヒト臨床検体を用いてエクソソーム抽出方法の確立をおこない、ELISAの測定も行えるため、順次検体を準備して測定を行って解析を行う予定である。ヒト検体を用いた尿エクソソーム解析は行われておらず、初めての試みであるが、今後実用化に向けて測定系を確立していくことで、実臨床での測定や臨床応用が可能と考える。一方、脳ドック検体で得られた唾液中の口腔内細菌叢分析を行い、脳ドックで得られた無症候性脳病変と口腔内細菌叢に関連がないか検討した。脳ドック受診者において無症候性脳病変と唾液中のFusobacterium属との関連が初めて確認された。脳動脈硬化進展や脳小血管病による脳機能低下などに、口腔内細菌叢が関与する可能性があり、口腔内の衛生管理により脳梗塞の発症率の低減も期待される。今後のさらなる検討が必要である。
森 康治
アブストラクト
研究報告書
大阪大学大学院医学系研究科 精神医学前頭側頭型認知症iPS神経細胞を活用したリピート翻訳制御機構の解析100
前頭側頭型認知症(FTD)は常同行動、脱抑制的な性格変化などを呈する認知症である。C9orf72リピート伸長変異例ではGGGGCC(G4C2)が数百回以上に伸長しており、これによりFTDやその類縁疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)が引き起こされる(C9orf72 FTD/ALS)。G4C2リピートRNAはRepat associated non-AUG(RAN)翻訳により全ての翻訳フレームで翻訳される。本研究では培養細胞モデルなどにおいて、翻訳開始因子であるeIF5が開始コドン認識の正確性を緩め、non-AUG翻訳を促進することを明らかにした。続いて、C9orf72-FTD/ALS患者由来iPS細胞を神経細胞に分化させ、poly-GA DPRの検出を試みたが、明らかなDPR由来のシグナルを検出するに至らなかった。検出感度の向上による内因性DPRでの検証については今後の検討課題である。
田渕 克彦
アブストラクト
研究報告書
信州大学学術研究院医学系 分子細胞生理学教室自閉症の治療標的の探索を目指した社会行動異常責任神経回路の同定100
本研究では、自閉症の社会行動異常に関連する責任神経回路を特定することを目的に、遺伝的要因および環境要因に基づく複数の自閉症モデル(PNEマウス、VPAマウス、IQSEC2 KOマウス、Nlgn3 R451C変異マウス)を用いて解析を行った。AIを活用したnon-biasな自動行動解析システムの構築も行い、PNEモデルマウスで、自閉症コア症状である社会行動異常も確認した。さらに、全てのモデルで成熟海馬ニューロン新生の低下が共通して認められ、フルオキセチン投与により社会行動異常とニューロン新生の改善が確認された。この結果は、海馬のニューロン新生が自閉症の病態における鍵となることを示唆するとともに、フルオキセチンが広範な自閉症治療薬としての可能性を持つことを示した。加えて、AIによる行動解析技術の開発はヒト患者への応用にも展望を開き、今後の治療戦略に貢献する成果である。
土屋 賢治
アブストラクト
研究報告書
浜松医科大学子どものこころの発達研究センター視線データの臨床的位置づけの確定と神経発達症臨床への展開100
本研究は,742名の6歳児に対するGazefinderを用いた視線の自動計測を行い,得られた視線データと,NDDsの表現型や発達特性を反映する臨床変数(ASD症症状,ADHD症状,発達および機能水準,それぞれ6,9歳で計測する)との関連を探索的に検討した。「顔への注視」課題から得られる指標の一部は,ASD症状,ADHD症状と関連し,3年後の症状とも関連した。しかし,それ以外の課題から得られる指標は,一貫した関連を示さなかった。「顔への注視」課題,「ヒトに対する選好的注視」課題,「Biological motionに対する注視」課題から得られる指標の一部は,発達・機能水準とよく関連し,3年後の発達・機能水準とも関連した。
Gazefinderによって得られる視線データを,NDDs症状およびそれに関連する機能を客観的に計測する系として活用できる可能性が示唆された。
中島 光子
アブストラクト
研究報告書
浜松医科大学 医化学翻訳開始因子障害による神経発達症の病態解明100
本研究では、4例の小児神経発達症患者において新規原因遺伝子Xの病的バリアントを同定した。これらのバリアントに対し、in silico予測ツールを用いた構造予測、培養細胞を用いたタンパク質機能評価、ショウジョウバエ視神経を用いた表現型の観察を行った。異なる4症例において4つのミスセンスバリアントが同定され、構造予測では4つのうち2変異体はタンパク質構造の破壊が起こることが予想された。また、1変異体はRNAスプライシングに変化をもたらすことが予想され、in vitoroでの解析によって。いずれの変異型タンパク質も発現の安定性は保たれていたが、ショウジョウバエを用いた解析では、同定されたすべての変異体が機能喪失型バリアントであることが示唆された。本研究は神経発達症の病態解明と将来的な治療法開発などにつながる可能性が期待される。
山室 和彦
アブストラクト
研究報告書
奈良県立医科大学 精神医学講座自閉スペクトラム症におけるメトフォルミンの先進的研究100
自閉スペクトラム症は社会性相互交流の障害や、常同行動、興味の限局などを示す疾患であり、遺伝要因や環境要因、また双方の要因が交絡することで生じることが示されており、複雑な要因が病態の解明を困難にしている。そのため、自閉スペクトラム症の有効な治療法の開発が喫緊の課題であり、AMPK activatorであるメトフォルミンが注目されている。自閉スペクトラム症モデルであるFMR1やBTBRマウスにおいてmTORを抑制し、社会性が改善されることが報告されており、その臨床応用が期待されているため、本研究課題ではマウスとヒトの双方向性トランスレーション研究から自閉スペクトラム症に対するメトフォルミンの作用機序を解明を目的とし、本研究課題が将来的にメトフォルミンの臨床研究に向けた一助となることが期待される。
佐々木 努
アブストラクト
研究報告書
京都大学大学院農学研究科 食品生物科学専攻 栄養化学分野飲酒を調節する新奇生体機序に作用するアルコール依存症治療薬の開発100
過剰飲酒は世界第9位の疾病負荷である。過剰飲酒対策として上市されている薬剤の効果は限定的で副作用を伴い、アルコール依存症に対する効果的な介入法がない。本研究では、申請者が発見した飲酒欲求を調節する新奇機序(FGF21-オキシトシン-VTAドーパミン系)に対して、作用する低分子化合物(FGF21誘導性の低分子化合物)を同定し、の最適化を進め、アルコール依存症に対する治療薬開発を目指した。そのために、マウス細胞での探索を進め、Hit化合物を5つ同定した。Lead化合物を得るために必要な構造―活性相関/化合物展開を進めるために、評価系のヒト化に取り組んだ。今後、化合物展開をAMED-BINDSの支援を受けて進め、自身が確立したアルコール依存症モデルマウスで、性能を評価ウする予定である。既存薬とは異なる作用点への創薬により、有効な介入手段の一つとなることが期待される。
野田 隆政
アブストラクト
研究報告書
国立精神・神経医療研究センター病院 精神診療部COVID-19罹患後症状に対するクロミプラミンの有効性の検討100
新型コロナウイルス(COVID-19)罹患後症状では、倦怠感や認知機能障害により日常生活を取り戻せず苦しむ患者が多く、治療法の開発は喫緊の課題である。クロミプラミンは2021年にCOVID-19のACE2受容体の内在化を阻害する機序が発見され、この知見をもとに罹患後症状を有していた6名の外来患者に対しクロミプラミンを投与し劇的に改善したという経験を得た。COVID-19罹患後症状を有する対象者にクロミプラミンを低用量投与し、安全性や倦怠感、認知機能、身体機能などの情報収集を目的としたオープントライアル試験を計画した。プロトコルを作成、特定臨床研究の承認を得た後に各部門と連携調整を行い2024年9月よりリクルートを開始した。本研究の参加者は現在7例である。継続中が大半で考察はできないが、予備的検討や本試験の一部データからは効果が大いに期待できるため、薬事承認を目標として研究を継続していく。
浜田 俊幸
アブストラクト
研究報告書
国際医療福祉大学薬学部 薬学科・年齢軸生命機能解析学分野覚醒剤による脳神経変化の時期を毛1本から検出する研究100
覚醒剤を毎日一定時刻に投与すると、投与時刻前から行動量が増加する予知行動が形成される。本研究によりMAP投与により予知行動が形成されるのは投与後3日以内であり、0.2% MAP濃度(0.5ml投与)が投与濃度の上限であることが明らかになった。MAP投与後、3時間後に急激な行動量増加が誘発され、活動量持続時間が4時間ほどであることからMAPの有効血中半減期は数時間であることが考えられた。予知行動形成後に生体に生じる生体変化としてMAPによる体重減少効果がMAP投与後2週間で消失することを明らかにした。この時期にMAP投与による死亡率が雄のみ高かった。さらに1か月MAP投与と続けると、MAP投与後、約20分で異常行動が誘発されるが活動量増加を伴わないため、活動量に関与していない脳部位の変化が関与していると考えられる。以上予知行動形成時以降に出現する生体機能変化に関与する脳部位は、予知行動形成に関与していないと考えられた。
山下 親正
アブストラクト
研究報告書
東京理科大学薬学部 生命創薬科学科・DDS・製剤設計学神経回路を活かしたNose-to-Brainシステムを用いた進行性核上性麻痺の治療薬の開発100
進行性核上性麻痺(PSP)は、タウ蛋白が異常リン酸化を受けて脳幹へ蓄積し、細胞内で神経変性を惹起して、タウ凝集体が神経細胞間を伝播することで病変が進行し発症する。PSPの中で、対症療法がなく脳幹の神経変性により眼球運動障害を伴う垂直性核上性注視麻痺に対する治療薬の開発は急務である。本研究では、タウ蛋白の異常リン酸化を抑えるGlucagon-like peptide-1 (GLP-1)と、神経回路に沿って神経細胞を乗り継いで脳幹や眼球へ効率良くGLP-1を送達できる糖鎖修飾Nose-to-Brainシステムを用いて、PSPの治療薬としての可能性を検証した。マウスに糖鎖修飾PAS-CPP-GLP-1誘導体を経鼻投与してその脳内分布を評価した結果、PSPにおける脳幹の主な神経変性部位や大脳基底核への局在が観察され、垂直性核上性注視麻痺の治療薬の開発に繋がる知見が得られた。

2023年度
精神薬療分野 若手研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
大瀬戸 恒志
アブストラクト
研究報告書
東北大学医学系研究科 分子疫学分野周産期うつ病の病型分類と、遺伝的構造・背景因子・予後の解明100
抑うつ症状の経時的な軌跡に基づいて周産期うつ病 (PD)を分類することで、より均質なサブタイプを構築し、それぞれの遺伝的構造を明らかにすることを目指した。12,338名の女性を対象に、周産期に計4回抑うつ症状を評価し、その軌跡に応じて妊娠期PD、産後早期PD、産後後期PD、慢性PDの4つのサブタイプに分類した。各サブタイプに対してゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施したところ、5つの異なる感受性遺伝子座が同定された。さらに、大うつ病(MDD)および月経前症候群 (PMS) の多遺伝子リスクスコア (PRS) とPDのサブタイプとの関連を検討したところ、MDDのPRSは妊娠期、産後早期、および慢性PDと有意に関連し、PMSのPRSは産後後期PDと関連していた。本研究によりPDは抑うつ症状の軌跡によって異質なサブタイプを持ち、それぞれに特異的な遺伝的構造を持つことが示された。
河合 洋幸
アブストラクト
研究報告書
大阪公立大学大学院医学研究科 脳神経機能形態学抗うつ・抗不安作用をもたらす新たなセロトニン神経基盤の解明と新薬開発への応用100
本研究では、光遺伝学的手法を用いた縫線核セロトニン神経の活動調節や、薬理学的手法及び免疫組織化学を用いた関連分子の情動行動における機能の解析を行い、マウス脳における情動制御機構を解明した。本研究成果は、既存薬とは異なる機序の、新規精神疾患治療薬の開発に役立つと考えられる。
田宗 秀隆
アブストラクト
研究報告書
順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学ヒトiPS細胞由来神経細胞のミトコンドリアに着目した双極性障害の創薬基盤構築100
ミトコンドリア変異のモザイク状態と神経機能の関連を解明し、ミトコンドリアに着目した創薬基盤の構築を目的とする。本研究期間では、ヒトiPS細胞由来神経細胞の電気生理学的解析系の確立を行った。
本研究助成のおかげで、ヒトiPS細胞培養系を持っていなかった本グループにおいて、新規に培養系を立ち上げることができた。また、これまで経験のなかった電気生理学的実験についても、多電極アレイ(MEA)を用いて種々の検討を行い、実験誤差を少なくするため、培養条件等の最適化を行うことができた。また、薬理学的なポジティブコントロールで発火頻度が変化することが確認できた。今後は、特に興味のある遺伝子変異を持つ患者由来の神経細胞株に同様の手法を適応し、薬剤スクリーニングを行っていく。
発展的には、疾患横断的に診断法・治療法の開発を進め、従来の臨床症状による疾患分類とは異なる新たな類型を提唱し、個別化医療を提案したい。
永井 裕崇
アブストラクト
研究報告書
神戸大学大学院医学研究科 薬理学分野慢性ストレスによるシナプス代謝シフトの実態と機序、意義の解明100
社会や環境によるストレスはうつ病のリスクを高め、脳代謝変化を生じる。本研究では、マウスを用いて慢性ストレスが前頭前皮質におけるシナプス特異的な代謝変化を引き起こす実態とその意義を解明することを目的とした。糖代謝の正常化を目的とした糖輸送体のノックダウンがミクログリア活性化に与える影響をRNAseq解析で検討し、ミクログリアの遺伝子発現変化の一部が神経代謝依存であることを発見した。さらに、質量分析イメージングにより脳領域選択的な代謝変化を見出した。領域間の類似性に基づき海馬―前頭前皮質回路特異的に糖輸送体やグルココルチコイド受容体を発現抑制することで、ストレスによる認知機能障害を抑制できること、すなわち同回路における代謝変容がストレスによる認知機能障害を引き起こすことを見出した。今後、代謝変化を担う機序を焦点とした研究が発展することにより、うつ病の病態解明や層別化医療への応用が期待される。

藤川 理沙子
アブストラクト
研究報告書
九州大学薬学研究院 薬理学分野新ミクログリア細胞群の機能を解明しアルツハイマー病治療を目指す100
高齢化の進展とともに認知症患者数が増加し、社会問題となっている。認知症の中でもアルツハイマー型認知症 (AD) は50%以上と最多を占める。Amyloid beta (Aβ) ワクチンをはじめとする多くのADの治療候補薬は、重篤な副作用の発現や有効性が確認できないことを理由に開発中止となり、新たな治療標的の探索が重要な課題である。本研究では、ADで顕著に増加する特異的な遺伝子プロファイルを持つ細胞集団『CD11c陽性ミクログリアサブセット』に着目した検討を実施した。結果、CD11c陽性ミクログリアがAD発症抑制に関与すると考えられるデータが得られた。CD11c陽性ミクログリアを新たなAD治療ターゲットとして提案でき、多くの患者の助けになる可能性がある。
水谷 真志
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部附属病院 精神神経科近接ライゲーションアッセイ法を用いたレビー小体病のモノアミン神経系変性の病態解明100
近接ライゲーションアッセイ法(PLA法)は、タンパク質間相互作用や特定のタンパク質修飾を高感度に検出できる手法として注目されている。本研究では、国立精神・神経医療研究センターに保管されているレビー小体病患者死後脊髄・アルツハイマー病患者死後脳を用いて、αシヌクレイン及びリン酸化タウに対してPLA法を行い、既に報告されているαシヌクレインに対するPLA法による検出に成功した。検出されたパターンは、既報のパターンとも矛盾しないものだった。また、さらに世界的にも成功の報告が限定的であるリン酸化タウに対するPLA法による検出に成功した。
αシヌクレインによるPLA法が確立したため、今後はモノアミン神経系の線維密度とαシヌクレインオリゴマー密度との相関関係を検討するなどして引き続き研究を継続していく。
中井 信裕
アブストラクト
研究報告書
神戸大学大学院医学研究科 生理学・細胞生物学講座 生理学分野社会性感覚に関する自閉症の脳機能ネットワーク動態研究100
自閉スペクトラム症(自閉症)は多様な症状を持ち、脳全体のネットワーク異常が関与するとされるが、社会行動中の脳活動や感覚モダリティの異常は未解明である。本研究では、社会性刺激を制御可能なVRシステムを構築し、自閉症モデルマウスの行動と脳機能ネットワークを解析した。嗅覚・触覚など多感覚刺激を提示するVR実験系により、社会的相互作用時の皮質活動を記録し、脳機能ネットワーク動態を定量化した。自閉症モデルマウスでは社会条件への嗜好性低下と特定の脳領域の異常が確認された。さらに、機械学習を用いた脳活動の解析で高精度な自閉症モデルの分類が可能となり、診断や治療への応用が期待される。
藤田 幸
アブストラクト
研究報告書
島根大学医学部医学科 発生生物学神経発達障害の病態メカニズム解明100
多様な脳の機能は、神経回路によって営まれている。さまざまな原因により神経回路がダメージを受け、脳機能の低下を引き起こす。神経回路構築の過程には、いくつかのステップがある。神経幹細胞から神経細胞への分化、標的細胞へ向けた軸索の伸長、シナプス形成、過剰な軸索やシナプスの除去を経て、精密な神経回路が構築される。この過程では、それぞれのステップの進行とともに複数の遺伝子の発現が変動する。複数の遺伝子発現を制御するメカニズムの一つとして、エピジェネティックな制御機構が知られている。そこで本研究では、神経回路形成の過程で、複数の遺伝子発現を制御するメカニズムを明らかにすることを目的とした。
宮下 聡
アブストラクト
研究報告書
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 病態生化学研究部てんかん・発達障害の手術脳検体を用いた単一細胞トランスクリプトームによる病態解明100
片側巨脳症は、脳の片側が通常よりも巨大化する先天性の脳奇形であり、難治性のてんかん、不全片麻痺、精神・運動発達障害などの重篤な症状を示すが、疾患の病態に関わる分子・細胞メカニズムはほとんど不明である。これは、片側巨脳症が超希少疾患であり症例数が少ないことや、疾患の病態解明に最適なモデル動物が開発されていないことが原因である。本研究では、片側巨脳症の手術脳検体を用いて単一細胞遺伝子発現解析を行うことで、脳内に存在する個々の細胞の遺伝子発現を調べ上げた。またモデルマウスの開発も進んだため、今後、片側巨脳症の分子細胞病態解明や治療法開発に貢献できる成果を得た。
大塚 郁夫
アブストラクト
研究報告書
神戸大学大学院医学研究科 精神医学分野網羅的ゲノム・エピゲノムデータを用いた若年自殺行動の機序解明とリスクマーカー開発100
アジア最大の自殺者DNA試料の網羅的ゲノム・エピゲノムデータの解析を行い、①GWAS・EWASにて複数の自殺関連遺伝子領域の同定、②精神疾患からみた、非致死性自殺未遂と自殺の遺伝的近似(及び統合失調症・双極症との遺伝的共有度の差異)、③若年自殺者EWASデータの高い自殺リスク予測能、④若年自殺者におけるエピゲノム年齢老齢化・常染色体/X染色体体細胞モザイク異常増加、⑤白人集団に比してアジア人集団で「自殺とうつ病/統合失調症との遺伝的関連」が弱い可能性、といったいずれも新規の知見を見出した。国際自殺ゲノムコンソーシアムにもアジア最大の自殺者GWASデータを提供し、年々スケールアップした人種横断的自殺行動GWASを発表している(最新の解析では43,871例の自殺行動者のGWASにて、12ヶ所のrisk lociを同定)。

2023年度
精神薬療分野 若手研究者継続助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
塩飽 裕紀
アブストラクト
研究報告書
東京医科歯科大学大学院 精神行動医科学分野疼痛性障害の自己抗体病態の解明100
精神科領域の難治な疼痛関連疾患の一つに、原因不明の疼痛を呈する疼痛性障害があげられる。これは、一部には線維筋痛症も含まれ、従来の精神医学の概念では心理的な要因を背景に症状を形成する可能性が指摘されてきたが、臨床的にそのような心理的な病態が存在しないように見える患者も存在し、疾患病態の異種性が想定される。我々は、疼痛性障害の患者から、疼痛を引き起こす自己抗体を探索することを目的に研究を行った。また、統合失調症でも同様の探索を行い、疼痛性障害の合併があった場合、自己抗体との関連を探る方針とした。その結果、疼痛性障害患者から既知の疼痛関係自己抗体、未報告の自己抗体さらに統合失調症患者から抗NRXN1自己抗体を発見した。疼痛性障害や統合失調症で発見した自己抗体は病態を形成する除去すべき治療ターゲットになり、またそのような治療をすべきバイオマーカーにもなる可能性がある。

2022年度
血液医学分野 一般研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
黒滝 大翼
アブストラクト
研究報告書
熊本大学国際先端医学研究機構 免疫ゲノム構造学研究室炎症性樹状細胞の感染防御と血球貪食症候群における役割の解明100
本研究では、炎症性樹状細胞の分化と機能を解析し、その感染防御および血球貪食症候群における役割を解明した。複数の遺伝子改変マウスを用いて、炎症性樹状細胞の分化を誘導する刺激、細胞の起源、さらに遺伝子発現やエピゲノムプロファイルを詳細に解析した。特に、転写因子群が制御する遺伝子発現制御ネットワークが、炎症時における迅速な樹状細胞分化と機能発現に不可欠であることを示した。また、炎症性樹状細胞の前駆細胞段階において、遺伝子発現制御領域がエピジェネティックにプライミングされることで、迅速な分化が可能になることを明らかにした。これらの炎症性樹状細胞は感染症モデルで重要な免疫応答を担い、その欠損が感染防御能力の著しい低下を引き起こすことが確認された。本研究は、炎症性樹状細胞の分化メカニズムを包括的に解明し、今後、炎症性樹状細胞を標的とした新規治療戦略の開発に繋がる可能性を示唆する。

2023年度
血液医学分野 一般研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
井上 聡
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所 がん免疫研究部門個別化CAR-T細胞療法の開発100
CAR-T細胞を始めとする免疫細胞療法が難治性腫瘍に対する治療法として注目されているが、大半の悪性腫瘍に対しては持続的な治療効果が得られていない。CAR-T細胞に対して抵抗性を示す腫瘍細胞が、固有の抵抗性機序・因子を有するという仮説を立てた。CAR-T細胞に対する腫瘍細胞株感受性データベースを構築し、遺伝子発現様式との相関性解析により複数の抵抗性因子を同定し、さらに抵抗性因子に対する阻害剤との併用治療効果を検証することを目的とした。127種類の腫瘍細胞株からなるデータベースを構築し、複数の抵抗性因子を抽出した。抵抗性因子に対する阻害剤との併用治療効果を腫瘍マウスモデルを含めて検証したところ、抵抗性の克服が可能であることが示された。以上の結果から、腫瘍細胞は、CAR-T細胞に対する感受性を有すること、これを阻害することで治療効果を飛躍的に高めることが可能であることが明らかとなった。
櫻井 政寿
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 血液内科臍帯血生体外増幅に関わる因子の解明100
臍帯血は造血幹細胞移植の重要な供給源であるが、幹細胞数の少なさに起因する生着不良が課題とされている。本研究では、独自開発した新規培地(3a培地)を用いて、臍帯血由来造血幹細胞の長期増幅を可能とする技術を検討し、増幅効率に関わる因子の同定を目指した。市販されている複数ロットの臍帯血を用いた細胞表面マーカー解析の結果、CD34+CD38−CD90+CD45RA−CD49f+細胞分画の割合と絶対数がロット間で大きく異なることが判明した。また、培養後の増幅効率も5~20倍とロット間で差があり、培養前の幹細胞分画と緩やかな相関を示した。これらの結果は、臍帯血細胞の初期特性が増幅効率を予測する重要な指標となり得ることを示唆している。本研究により、臍帯血の適切な選別と増幅効率の事前予測が一部可能となり、臍帯血移植の成功率向上と効率的な臨床応用への貢献が期待される。
正本 庸介
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍病態学難治性急性骨髄性白血病におけるIFN-γ経路を標的とした治療開発100
本研究は、EVI1高発現AMLにおけるIFN-γ経路の役割を解明し、治療標的としての可能性を検討することを目的とする。EVI1高発現AMLではEVI1がCyclin D1を介してIFN-γシグナルを増強することで、腫瘍進展や免疫抑制的環境を形成することが示唆されている。本研究では、遺伝子改変マウスを用い、EVI1高発現AMLにおけるIFN-γシグナルの作用を検証した。AML細胞自身のIFN-γ産生・autocrineがAML発症に寄与する一方で、骨髄微小環境におけるIFN-γはAML発症に抑制的に作用する可能性が示された。本研究は、EVI1高発現AMLの分子病態の解明と新規治療開発への道を拓く成果を提示している。
松井 啓隆
アブストラクト
研究報告書
国立がん研究センター中央病院 臨床検査科DDX41変異によるR-loopの蓄積が造血器腫瘍を発症させる機序の解明100
DDX41遺伝子バリアントに関連する造血器腫瘍は特徴的な疾患表現型を示し、遺伝的素因を伴う骨髄性造血器腫瘍の中でも最も頻度が高いもののひとつである。RNAヘリケースを責任遺伝子とする造血器腫瘍はこれまであまり知られておらず、DDX41バリアントによる疾患発症機序はまだ多くが不明である。臨床的にも、個々の生殖細胞系列バリアントに対する病的意義の解析が進んでいないことから、今後造血器腫瘍遺伝子パネル検査が実臨床で開始されたのち、臨床現場で混乱が生じることも懸念される。このようなことから、DDX41関連造血器腫瘍の疾患特異性をバリアントの病的意義と関連付け研究する必要性が生じている。
本研究では、マウスモデルとヒト疾患細胞とを駆使し、体細胞バリアントとして最も典型的なR525H変異の意義を明らかにした。本研究で採用した手法をさらに広く展開することで、本疾患の全容が明らかとなることが期待される。


髙山 直也
アブストラクト
研究報告書
千葉大学大学院医学研究院先端研究部門 イノベーション再生医学無菌性炎症反応を介したヒト造血幹細胞自己複製機構の解明100
本研究では、iPS細胞由来神経堤細胞由来間葉系幹細胞(MSC)を支持細胞とした独自のヒト造血幹細胞(HSC)増幅培養系を用い、炎症シグナルの一つであるインターフェロンシグナル遺伝子群(ISGs)がHSCの活性化と増幅を制御する機構を解明した。MSC共培養時にISGsが活性化し、自己複製と分化運命決定に重要な役割を果たすことが示された。特にMSC由来因子はISG発現と共に、幹細胞関連遺伝子の上昇、AhRシグナル遺伝子群や分化関連遺伝子の抑制を誘導し、HSC増幅を促進することが示唆された。本技術はHSC移植の臨床応用に向けた新たなプラットフォームとなり、HSC制御機構の解明に貢献する。
田中 洋介
アブストラクト
研究報告書
熊本大学国際先端医学研究機構 幹細胞制御研究室体外増幅造血幹細胞の品質管理に向けた造血幹細胞亜集団の理解100
造血幹細胞の体外増幅が可能になったことから、次の課題は増幅された造血幹細胞の品質管理である。造血幹細胞はヘテロな集団であり、いずれの造血幹細胞が増幅されたかを見分ける必要があるが、今のところ造血幹細胞を移植することでしか亜集団を見分けることができない。そこで、本研究ではDNAバーコードを用いた造血幹細胞の分裂・分化パターン解析を行い、亜集団間の階層性・関連性、亜集団を識別できるマーカーを特定することを目指した。本研究では造血幹細胞亜集団の関連性と階層性を明らかにし、それぞれを特徴づけるマーカー候補の同定にも成功しており、亜集団特異的マーカーを確立することができれば移植を介さずに亜集団の評価が可能になり研究が加速することが期待される。シングルセル遺伝子発現解析において同定したNo output型は血小板関連遺伝子の発現が高いことから巨核球偏向型亜集団またはそれに近いものであることが想定された。
田村 彰吾
アブストラクト
研究報告書
北海道大学大学院保健科学研究院 病態解析学分野オルガノイドによる内軟骨性骨髄発生メカニズムの解明100
大腿骨などの長管骨において、骨髄の発生は「内軟骨性骨化」の過程で生じる。しかし、内軟骨性骨化の骨髄発生に関わるメカニズムは全容が解明されていない。本研究では骨髄発生のきっかけである内軟骨性骨化の理解を進め、骨髄を模した人工組織(骨髄オルガノイド)を開発する技術確立目指す。今回、ヒト骨髄間葉系幹細胞で作製する軟骨オルガノイドを免疫不全マウスに皮下移植し、内軟骨性骨化による骨髄発生を誘導させる実験モデルを構築し、その分子メカニズムに着手した。我々は過去に成熟が進む軟骨オルガノイドの作製法の開発に成功しており、今回、定法で作製する軟骨オルガノイドに比して皮下移植での内軟骨性骨化による骨髄発生の成績が良好であることを示した。しかし、我々の開発した方法で作製する軟骨オルガノイドの全てが内軟骨性骨化による骨髄発生が生じるわけではなく、その分子レベルの質的違いの解明が求められる。
中嶋 洋行
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター研究所 細胞生物学部血管内皮細胞の起源に依存した新たな造血幹細胞制御機構の解明100
造血幹細胞は、造血幹細胞ニッチと呼ばれる微小環境において、自己複製と分化を繰り返しながら維持される。我々は、ゼブラフィッシュ発生期の造血幹細胞ニッチとして機能する血管内皮細胞の多くが、周囲と異なる前駆細胞から派生することを見出したことから、本研究では、内皮細胞の細胞系譜の違いが、どのように造血幹細胞ニッチ特異的な血管機能に寄与するのかを明らかにすることを目的とした。まず我々は起源の異なる内皮細胞群を区別できる独自のin vivo検出系を樹立し、内皮細胞の起源の違いが造血幹細胞との細胞間コミュニケーションの違いを生み出すことを明らかにした。さらに単一細胞トランスクリプトーム解析により、内皮細胞起源の違いが造血幹細胞ニッチ形成に与えるファクターを検討した結果、未だ検討途中であるが、内皮細胞の細胞間接着分子とスカベンジャー機能がニッチ機能に寄与する可能性が示唆された。
細川 健太郎
アブストラクト
研究報告書
九州大学大学院医学研究院 幹細胞再生修復医学分野内因性カンナビノイドシステムを介する造血幹細胞制御機構の解明100
これまでに申請者は、静止期造血幹細胞 (HSC)特異的な転写因子Foxp2を同定し、細胞周期の抑制と幹細胞機能の維持に寄与することを明らかにした。本研究では、この上流の機構として、内因性カンナビノイドシステム(ECS)に着目し、HSCの増殖制御に与える影響を解明することを目的とした。カンナビノイド受容体アゴニストの刺激により、Foxp2の発現が促進され、HSCの静止状態が維持されることが確認された。Foxp2欠損マウスではこの効果が見られず、炎症モデルでもHSCの回復が遅れることが示された。また、多価不飽和脂肪酸(PUFA)の誘導体が内因性カンナビノイドとして機能するが、PUFAの摂取がHSCにおけるFoxp2の発現を向上させ、細胞周期の静止状態を維持する効果があることが分かった。これらの結果は、ECSがHSCの機能維持に重要であり、再生医療や栄養療法の新たなアプローチとして期待される。
宮城 聡
アブストラクト
研究報告書
島根大学医学部 生化学講座モノユビキチン化を介したMDS関連クロマチンタンパク質の機能制御100
我々は、PHF6が造血ストレス時にHSCの機能抑制に働く。分子レベルでは、PHF6がシグナル依存的にTNFα経路のエフェクタ一タンパク質群 (ガン抑制遺伝子) を転写活性化し、造血幹細胞の増殖を抑制する。本研究では、PHF6のTNFα依存的な機能発現機構を明らかにするため、PHF6の会合分子であるPHIPに着目した。PHIPはユビキチンリガーゼ複合体の構成因子である。造血細胞特異的Phipノックアウトマウスを解析し、造血幹・前駆細胞の増幅、脾腫、血小板低下が起こることを見出した。この結果は、Phf6コンディショナルノックアウトマウスの表現系と一致する。しかし、PHF6のユビキチン化は検出されないことから、PHIPは酵素活性に依存せずに機能すると考えられる。造血幹細胞制御、クローン性造血やMDSの発症機構の解明に繋がる知見である。
梅本 英司
アブストラクト
研究報告書
静岡県立大学薬学部 免疫微生物学分野腸内細菌由来の代謝分子ピルビン酸・乳酸による抗ウイルス免疫応答の誘導100
小腸パイエル板では樹状細胞の1種LysoDCがM細胞から組織内部に輸送された抗原を捕捉する。我々は腸内細菌由来の代謝分子ピルビン酸・乳酸がGタンパク質共役型受容体GPR31に結合すること、またLysoDCがGPR31依存的にM細胞に樹状突起を伸長し、病原性細菌を取り込むことを見出している。本研究では、ピルビン酸-GPR31シグナルのパイエル板指向性ウイルスの取り込みおよび抗ウイルス応答における役割を解析した。ピルビン酸を経口投与したGPR31欠損マウスに、レオウイルスTL1株を経口感染させたところ、LysoDCによるウイルスの取り込みおよび血清中のウイルス特異的IgGの産生低下が認められた。また、マウス肝炎ウイルスMHV A59株を経口感染させたところ、GPR31欠損マウスは体重減少が顕著であった。即ち、ピルビン酸-GPR31を介したウイルス取り込みは抗ウイルス応答惹起に重要であると考えられた。
片貝 智哉
アブストラクト
研究報告書
新潟大学大学院医歯学総合研究科 免疫医動物学分野リンパ節ストローマ細胞の選択的活性化組換えタンパク質による免疫応答賦活化100
抗体産生や免疫応答の増強を目指して、リンパ節ストローマ細胞を選択的に活性化するリンフォトキシン複合体を基にした抗体連結型・組換え融合タンパク質の開発を目的とした。マウスリンパ節からLTαおよびLTβ遺伝子をクローニングし、それぞれヒトIgG1-Fc領域に接続して分泌発現させるベクターを構築した。HEK293T細胞に単独あるいは同時に導入し、上清中の融合タンパク質を検討したところ目的のタンパク質発現を確認した。しかし、Fc-LTαとFc-LTβを同時発現では検出されなかったことから、LTα1β2複合体は形成されず、それぞれの単体発現も消失した。融合タンパク質の活性を検討するために、培養ストローマ細胞株に添加し、細胞表面ICAM-1およびVCAM-1の発現を検討したが、いずれも発現増加は検出されず、融合タンパク質は受容体を介したシグナルを誘導できないことが示唆された。
河部 剛史
アブストラクト
研究報告書
東北大学大学院医学系研究科 病理病態学講座 免疫学分野T細胞の自己反応性の持つ免疫学的意義の解明100
CD4 T細胞は獲得免疫に必須のリンパ球であるが、我々は同細胞中に、自己抗原認識依存的に産生される「MP細胞」を報告した。MP細胞は病原体感染時に自然免疫機能を発揮し得る特徴的な細胞であるが、同細胞の持つ自己抗原反応性からは、その過剰活性化により自己免疫疾患が惹起され得る可能性も示唆される。そこで本研究ではMP細胞の分化・活性化機構や自己免疫活性を解明することを目的とした。研究の結果、MP細胞は腸炎、肺炎、腎炎などの多彩な炎症を惹起しうること、このような炎症原性は健常状態では制御性T細胞により恒常的に抑制されていることが判明した。また、MP細胞自身が制御性T細胞へと分化し、炎症活性を自ら抑制していることも分かった。以上より、MP細胞は炎症惹起能という病理機能を有すること、同活性はMP内在性および外因性の二つの機序により恒常的に抑制されていることが明らかになった。
香山 雅子
アブストラクト
研究報告書
大阪大学感染症総合研究拠点 生体応答学チーム上皮細胞-リンパ球相互作用による肺恒常性維持の分子機構の解明100
気道上皮細胞は、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス感染の最前線に位置する細胞である。体内と体外を隔てる物理的なバリアとして機能するだけではなく、ウイルス感染を感知し、免疫系による生体防御応答を誘導する重要な機能を担っている。肺の上皮細胞にはI型、II型と呼ばれる機能の異なる二つの細胞が存在する。ウイルス感染後の組織修復にはAT2細胞の自己再生とAT1細胞への分化が極めて重要であると考えられるが、これを担うAT2細胞の内的・外的因子は十分理解されていない。本研究ではウイルス感染によって起きた組織損傷を効率よく修復する分子メカニズムを解き明かすことを目的とし、AT2細胞の増殖・生存、AT1細胞への分化を誘導する因子の候補として、MHCクラスII分子の発現制御因子であるCD74に焦点をあて、肺上皮細胞(AT2細胞)の増殖、分化に果たす役割、免疫系細胞の活性化・分化における役割を解析した。
澤田 雄宇
アブストラクト
研究報告書
産業医科大学医学部 皮膚科学教室皮膚細菌由来の短鎖脂肪酸による炎症性皮膚疾患のエピジェネティクス機構の関与100
皮膚常在菌由来の短鎖脂肪酸が皮膚のエピジェネティクス修飾に与える影響を解析するため、乾癬やアトピー性皮膚炎などの炎症性皮膚疾患モデルマウスを用いて検討を行った。短鎖脂肪酸をアガーに含有させ皮膚に密着させることで、その効果を最大化したところ、短鎖脂肪酸が炎症性サイトカイン(IL-17、IL-23)の発現を調整することが明らかになった。また、アトピー性皮膚炎モデルでは短鎖脂肪酸がTSLPやIL-13の発現を促進し、MAPKシグナル経路の活性化による炎症の悪化が確認された。本研究は、短鎖脂肪酸を標的とした新規治療法の可能性を示唆するとともに、エピジェネティクスを介した皮膚トレランス破綻のメカニズム解明に貢献するものである。
住田 隼一
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院医学系研究科 皮膚科学皮膚免疫細胞の遊走を制御する新機構の解明100
本研究では、皮膚臨床検体を用いた解析から皮膚免疫細胞の遊走を制御する新規シーズを見出し、解析・検討を展開した。得られたシーズの中から注目した分子について、遺伝子改変マウスと疾患マウスモデルを用いて実験を行い、細胞株や初代培養細胞を用いた実験も必要に応じて実施した。その結果、皮膚免疫細胞の遊走を制御する新規分子機構を解明できつつあるが、より詳細な機序を解明すべく、今後も解析を継続する予定である。本研究で得られた結果は、ヒト臨床検体の解析から得られた結果をもとに研究展開しているため、ヒト疾患の実臨床に演繹できる可能性が高い。また、本研究で注目している分子は、炎症性皮膚疾患に対して現在臨床で用いられている薬剤のターゲットとは異なる。このため、本研究で着目している分子が治療薬開発につながれば、既存の治療に代わる薬剤として、あるいは併用薬として、臨床・治療に貢献できる可能性がある。
谷口 浩二
アブストラクト
研究報告書
北海道大学医学部 病理学講座 統合病理学教室免疫細胞を介した炎症記憶現象メカニズムの解明100
近年、免疫細胞や組織幹細胞が過去の感染や損傷による炎症の記憶を持っていて、この記憶により次回の感染や損傷に対して速やかに応答できる「炎症記憶」という現象が皮膚で報告され注目されている。組織傷害により引き起こされた炎症が炎症性サイトカインや増殖因子を介して多くのシグナル伝達経路・転写因子を活性化し、組織修復・再生を促進するが、「炎症記憶」のメカニズムの1つとして炎症性サイトカインによるエピゲノム変化が想定されている。
腸などの他の臓器において皮膚と同様の炎症記憶現象があるかは まだ検討されていないが、腸上皮細胞は組織傷害を感知する事ができ、腸においても炎症刺激による記憶がある可能性が高いと考えた。
今回の研究においては、免疫細胞や上皮幹細胞を中心とした腸の炎症記憶の重要性とその分子メカニズムを明らかにする事を目的とする。
南宮 湖
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 感染症学教室肺非結核性抗酸菌症患者の宿主疾患感受遺伝子の機能解析100
肺非結核性抗酸菌(NTM)症は、中高年女性や既存肺疾患患者に多い難治性の慢性進行性呼吸器感染症であり、日本では罹患率が急増し、結核を超える死亡者数を記録している。申請者は、NTM症の日本における疫学や疾患感受性遺伝子CHP2を明らかにし、CHP2が気道上皮細胞に特異的に発現し、MAC感染症において発現が低下していることを報告した。本研究では、CHP2の機能解析を目的に、in vitroモデルやMAC感染モデルマウスを用いた検討を行った。結果、CHP2が感染制御に重要な役割を果たすことが示唆され、新規治療標的としての可能性が示された。
山本 雄介
アブストラクト
研究報告書
国立がん研究センター研究所 病態情報学ユニット血液中を循環するがん由来エクソソームの病態生理学的な機能解析100
本研究課題では、がん細胞から分泌され血中や体液中を循環する細胞外小胞エクソソームが、転移や腫瘍微小環境に及ぼす影響の解明を試みた。エクソソームは細胞が分泌する小胞で、生体情報を他の細胞に伝達する役割があり、特にがん細胞ではその分泌量が多く、がんの進行に関連するとされる。本研究の背景として、がん細胞特異的に高発現する遺伝子PSAT1がエクソソーム分泌を促進することが明らかになっており、PSAT1遺伝子を操作したがん細胞を移植することで、マウス生体内のエクソソームの病態生理的な機能を解析した。マウス乳がん細胞株の骨転移モデルを用いることで、PSAT1遺伝子を抑制し、エクソソームの分泌量を低下させることが、がん細胞の転移の抑制に繋がることを見出した。つまり、エクソソーム分泌抑制ががん進展・転移の抑制に繋がる可能性があると結論づけられた。この成果は新たな治療法の開発基盤となる可能性がある。
渡辺 玲
アブストラクト
研究報告書
大阪大学大学院医学系研究科 皮膚科皮膚resident memory T細胞を介した食餌性肥満の皮膚疾患への影響100
一般的に肥満者では炎症応答が増悪し、複数の皮膚疾患で肥満者での発症・増悪リスクの上昇が報告されている、一方、感染症や悪性腫瘍の発症率が高く、獲得免疫低下が推察される側面も存在し、食餌性肥満が炎症局所における獲得免疫発揮機構に及ぼす影響は未だ明確でない。本研究は、ヒト皮膚における獲得免疫機能が食餌性肥満により受ける影響を、皮膚resident memory T細胞(TRM)を軸として検証し、食餌性肥満におけるTRMの機能変容が皮膚疾患の発現型に及ぼす影響を探究することを目的とした。疾患皮膚TRMの密度、プロファイルの同定、また、疾患症例の血中からのinducible TRMの誘導効率やそのプロファイルの相違を見出し、これらの特徴の肥満により受ける影響を解析した。

2023年度
血液医学分野 若手研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
城下 郊平
アブストラクト
研究報告書
国立国際医療研究センター 生体恒常性プロジェクト遺伝子編集後造血幹細胞の静止期性再獲得に着目した新規細胞療法の開発100
造血幹細胞(HSC)は遺伝子細胞療治療の重要なリソースであり、静止期(G0期)に留まり高い幹細胞機能を維持しているが、遺伝子編集の過程で静止期性を喪失する。これまで遺伝子編集後HSCの機能改善を目指した編集技術と体外増幅培養技術の最適化・改良が進められてきたが、ゲノム編集後HSCの細胞周期特性、特に「再静止期化」に注目した研究は限られていた。そこで本研究では、再静止期化のメカニズムを解明し、遺伝子編集後HSCに応用することを目指した。再静止期化過程のトランスクリプトーム解析からHSCの再静止期化候補分子として、ライソゾーム酵素CathepsinF(CTSF)を同定した。in vitroの再静止期化実験の結果、CTSFの欠損・過剰発現はHSCの再静止期化を阻害・促進することを見出した。CTSFを中心とした再静止期化機構の解明とその応用により、HSCの新規遺伝子治療技術の創出が期待される。
小出 周平
アブストラクト
研究報告書
東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究 幹細胞分子医学分野分化障害型造血幹細胞の増幅様式100
若齢期の造血幹細胞は多様な造血細胞をバランスよく分化供給するが、加齢期の造血幹細胞は骨髄球系へ分化が偏ることで造血システムの恒常性が低下する。さらに、このような加齢造血幹細胞の分化障害は骨髄異形成症候群をはじめとした造血器腫瘍の温床となるとされる。
本研究では、造血幹細胞の加齢変化を明らかにするために、若齢と加齢マウスの造血幹細胞を比較解析した。その結果、加齢造血幹細胞において分子シャペロンであるClusterin (Clu)が発現上昇し、Clu陽性造血幹細胞は幹細胞活性が著しく低下していることを明らかにした。本研究によりCluは、加齢に伴う造血幹細胞の機能低下を特徴づける新たなマーカーとなる可能性が示され、Cluは血液疾患の新たな治療法開発につながることが期待される。
藪下 知宏
アブストラクト
研究報告書
東京大学薬学系研究科 分子腫瘍薬学造血幹細胞の非対称分裂を支持するシングルセルレベルでの分子基盤の解明100
造血幹細胞(HSC)は、自己複製能と多分化能を持ち、生涯にわたり造血を維持する。本研究では、HSCから巨核球系へ速やかに分化するバイパス経路に着目し、その制御因子としてPlcl1を同定した。Plcl1欠損マウス(KOマウス)では、血小板バイアスを有するHSC(CD41陽性HSC)が増加し、細胞内カルシウム濃度が低下していることが判明した。また、加齢モデルやストレス造血モデルにおいて、KOマウスは血小板バイパス経路の活性化による迅速かつ持続的な血小板回復を示した。これらの結果から、Plcl1がHSCの血小板バイアスおよび血小板バイパス経路の制御に関与することが明らかとなった。本研究は、血小板減少症や化学療法後の造血再建における新規治療法の開発につながる可能性を示唆している。
大島 司
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部附属病院内科学 循環器内科心臓マクロファージの加齢性変化を介した加齢に伴う心機能低下の機序解明100
未だ治療法の存在しない加齢に伴う心不全は、医療費も莫大であり、有効な治療法開発が経済的にも医学的に重要である。心臓マクロファージの組織保護的機能に着目し、mRNAシークエンスによる網羅的解析、スクリーニングを重ねた結果、若年のマクロファージが分泌するCCL3は心臓保護的作用があるが、加齢に伴うその分泌が減少することが心機能低下につながる可能性を見出した。CCL3を標的とした治療法が、今後、加齢を背景とする心不全の新規治療薬になる可能性を示唆している。
木下 真直
アブストラクト
研究報告書
山梨大学医学域 皮膚科学講座好中球を標的としたStevens-Johnson症候群の治療機序と新規薬剤の創出100
Stevens-Johnson症候群(SJS)の病態に関して、好中球がNeutrophil extracellular traps(NETs)を形成し、表皮細胞死を惹起するという自然免疫機序を明らかにした。さらに本研究ではSJSの既存治療薬のうち免疫グロブリンがNETs生成を阻害する作用があることがわかった。さらにSJSにおけるNETsを分解する機構の障害も明らかになった。NETsを中心とする自然免疫病態に対するSJS治療薬の作用機序を解明し、さらにNETsを抑制する新規治療薬創出を目指す。
田山 舜一
アブストラクト
研究報告書
東北大学大学院医学系研究科 免疫学分野活性イオウによる腸管炎症制御機構の解明100
炎症性腸疾患(IBD)は、腸管局所におけるT細胞の異常応答によって惹起されることが知られており、IBDの治療標的としてT細胞内代謝経路が注目を集めている。本研究により、T細胞内因性のCARS2が同細胞の細胞増殖を抑制することが証明された。定常状態においては、高齢のCars2ヘテロマウスにおいて腸管に集積するCD4 T細胞数が増加した。リンパ球減少状態においては、Cars2ヘテロCD4 T細胞で細胞周期エントリーの亢進、細胞周期抑制因子Trp53の発現低下が認められ、大腸炎の増悪し、活性イオウのドナー分子の投与によりこれらの反応が回復した。さらに、クローン病患者の公開データベースの再解析により、CARS2の発現低下が疾患発症と相関することが明らかとなった。以上より、依存的活性イオウ代謝は腸管局在性CD4 T細胞の恒常性維持に関与しており、同代謝の異常は腸管炎症に結び付くことが明らかとなった。
中野 正博
アブストラクト
研究報告書
理化学研究所 生命医科学研究センターヒト免疫遺伝研究チーム高精度シングルセル解析による関節リウマチ重症化機構の解明100
関節リウマチ (RA) は関節滑膜が侵される自己免疫疾患であり、既存治療に反応不十分な重症例が臨床での重要課題である。RAの重症化には特定の細胞集団 (病原性細胞) が関与し、その機能は特定の遺伝子 (key driver gene) により制御されると想定される。本研究では、高精度シングルセル解析をRA患者末梢血に応用することで、重症RA患者で増多する病原性細胞とそのkey driver geneを精密に同定し、その機能を解明することを目的とする。今年度は重症、軽症を含むRA 90例の末梢血検体に対して高精度シングルセル解析を完了した。これと並行し、大規模公共シングルセルデータを用いた従来のシングルセル解析手法とは異なる新たな解析パイプラインの確立に成功した。本解析手法を今回のデータに応用することで、RAの病原性細胞とkey driver geneを精密に同定することが可能となる。
舟崎 慎太郎
アブストラクト
研究報告書
熊本大学国際先端医学研究機構 がん代謝学研究室選択的mTORシグナル調節による、γδT細胞分化誘導機構の解明と抗腫瘍効果への応用100
gdT細胞は胸腺においてabT細胞と分岐し成熟するが、その詳細なカニズムは不明である。我々は、代謝アダプタータンパク質FLCNによるmTOR基質の選択的制御機構について着目し、Flcn欠損によってgdT細胞分化が促進されることを示した。Flcn欠損はgdT細胞のうち、IFN-g産生サブセットへの分化を特に促進させていることがわかり、さらに遺伝子発現差解析より、Flcn 欠損の胸腺gdT細胞ではInterferon pathwayに関連するシグニチャーの亢進が見られた。また、強いTCRシグナルによって分化するiNKT細胞分化を制御する遺伝子であるPLZFの発現がgdT細胞分化促進とともに上昇し、抗腫瘍性のサブセットであるNKT-likeなgdT細胞(gd iNKT細胞)の分化を誘導している可能性が示唆された。
三宅 健介
アブストラクト
研究報告書
東京医科歯科大学 統合研究機構高等研究院 炎症・感染・免疫研究室高感度1細胞解析の活用による好塩基球の最終分化機構の解明100
好塩基球は希少な免疫細胞であるが、近年アレルギー炎症や寄生虫感染防御など多様な免疫反応に重要であることが認識されつつある。しかしながら、その希少さもあり、好塩基球分化についての理解は立ち遅れていた。申請者は以前の研究にて、高感度1細胞解析の活用により、新規好塩基球前駆細胞としてプレ好塩基球を同定した。しかしながら、プレ好塩基球から成熟好塩基球への分化の分子機構は明らかではない。そこで、本研究ではプレ好塩基球から成熟好塩基球への分化を司る転写因子の同定を試みた。まず、in silico解析の活用により、好塩基球成熟をつかさどる候補転写因子としてFoxO1を同定し、その機能を解析した。その結果、好塩基球特異的FoxO1欠損マウスでは、成熟好塩基球の細胞運動能や遊走能が障害され、その結果、末梢での好塩基球数の減少ならびに皮膚アレルギー炎症の減弱が認められるという可能性が示唆された。
米倉 慧
アブストラクト
研究報告書
京都大学 皮膚科慢性光線性皮膚炎の病態解明と新規治療戦略の構築100
慢性光線性皮膚炎(CAD)の病態解明と新規治療戦略の構築を目的とした研究である。CADに対する抗IL-4/13受容体抗体(デュピルマブ)使用例のシステマティックレビューを実施し、16例中31%で完全寛解、69%で部分寛解を認めた。またデュピルマブで増悪したCAD症例(自験例)を報告した。CAD患者、アトピー性皮膚炎患者、乾癬患者の皮膚生検検体を用いて免疫関連遺伝子の発現解析を行った結果、CADでは2型炎症関連遺伝子に加え、Th17関連やTh1関連の遺伝子発現も認められた。特にJAK-STAT経路が複数の炎症経路の中心的なハブとして機能していることが判明し、JAK阻害薬が新規治療選択肢となる可能性が示唆された。本研究は、CADの病態における複雑な免疫応答の存在を明らかにし、新たな治療戦略の開発に向けた重要な基盤を提供した。

2023年度
血液医学分野 若手研究者継続助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
安部 佳亮
アブストラクト
研究報告書
筑波大学医学医療系 血液内科大規模マルチオミクス解析によるリンパ腫免疫環境変化の探索100
濾胞性リンパ腫は発生頻度が高く、再発率が高い。近年、腫瘍浸潤T細胞の重要性が認識されているが、どういった特徴を持つT細胞がより直接的な影響力を有しているのかは理解されていない。本研究では、シングルセルRNAシーケンスによる腫瘍浸潤T細胞の解析、ヒトサンプルを用いた生物学的特性についての実験、多重免疫染色・空間解析の多数例への適応を実施し、濾胞性リンパ腫に特異的に増加している特徴的なT細胞集団を複数同定した。これらの細胞は特異的な病理学的分布パターンを示し、さらにin vitroの実験結果から抗リンパ腫活性を有していた。さらに、これらの細胞の割合は有意に濾胞性リンパ腫患者の予後と関係しており、独立した予後予測因子として同定された。これらは濾胞性リンパ腫の病態の理解に役立つ知見であり、今後の臨床的マネジメントを飛躍させる一助となることが期待される。

2023年度
循環医学分野 一般研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
青木 友浩
アブストラクト
研究報告書
東京慈恵会医科大学 薬理学講座学際的研究による血行力学応力負荷による血管病の発症機構の解明100
本研究開発では、血行応力負荷依存的な血管病の発症進展機構の解明のために、血行応力負荷として高いずり応力を、誘発される疾患として脳動脈瘤を対象とした。そして、高いずり応力依存的な脳動脈瘤発症機構の解明を目的とした。検討では、確立済みの脳動脈瘤を血行力学応力負荷の元で誘発するモデル動物(ラット)に、P2X4の遺伝子欠損ラットを供するないし選択的P2X4阻害薬を投与することにより、脳動脈瘤発生に対するP2X4の寄与を検証した。P2X4のホモ欠損および選択的P2X4阻害薬NCー2600の投与により、モデル動物での脳動脈瘤発生が有意に抑制された。さらに、ヒト脳動脈瘤病変部でのP2X4の発現を免疫組織化学により確認し、ヒトへの外挿性を明らかとした。当該研究開発の結果は、高いずり応力依存的な脳動脈瘤発生をP2X4が仲介することを明らかとし、選択的P2X4阻害薬の脳動脈瘤治療薬としての可能性を見出した。
吾郷 哲朗
アブストラクト
研究報告書
九州大学大学院医学研究院 病態機能内科学炎症惹起シグナルIL-33/ST2による脳梗塞内ペリサイト動員と組織修復の分子機構100
脳梗塞超急性期の再灌流療法(=神経保護療法)は確立したが、脳梗塞発生後の機能回復治療はリハビリテーション治療に依存し未だ薬物治療は存在しない。我々を含む国内外の研究成果により「梗塞内壊死物(デブリス)の除去=組織修復」が機能回復を促進する可能性が示唆されている。この組織修復遂行過程において、梗塞内・内皮細胞周囲へのペリサイト再動員が重要であると考えられ、本研究ではペリサイトの発生・動員機構についての検討を行った。CD34陽性・内皮前駆細胞が健常脳に在住し、脳梗塞後、梗塞周囲領域で内皮細胞のみならずペリサイトに分化する可能性を見出した。この過程にIL-33/ST2シグナルが重要な役割を果たす可能性があり、ST2ノックアウトマウスを用いて検証を行っている。本研究成果が脳梗塞機能回復に対する薬物治療開発の一助となることを期待している。
金澤 雅人
アブストラクト
研究報告書
新潟大学脳研究所臨床神経科学部門 脳神経内科学分野タウ蛋白質蓄積による脳血管性認知症の病態制御100
高齢化社会で問題となっている認知症の原因とその治療を脳血管障害からアプローチし、脳血管性認知症、アルツハイマー病も含めた治療戦略に挑戦した。ストレス応答後生じるタウ蛋白質発現は、過剰となることで認知症の発症機序に関与する。また、タウ蛋白質の異常発現には、脳内の炎症性細胞であるミクログリアが重要な役割を果たしていると考えられている。ミクログリアは脳梗塞後に経時的にその性質を変化させるが、脳虚血モデルを用いて、タウ蛋白過剰発現と認知機能低下を検証した。結果1.脳梗塞後にリン酸化タウが蓄積し、認知機能低下に関係すること、2.ミクログリアが直接リン酸化タウの蓄積に関係すること、3.脳梗塞後早期のミクログリアが関与し、発症7日後以降のミクログリアはリン酸化化タウ蓄積、認知機能低下には関係しないことを明らかにした。現在、適切なミクログリアを増やす薬剤の開発を検討している。
佐々木 勉
アブストラクト
研究報告書
大阪大学医学系研究科 神経内科学がん関連脳梗塞の病態解明にむけた検討100
がん関連血栓塞栓症は、がん患者の予後に大きく影響する因子である。ガイドラインがある静脈血栓症に対して、脳梗塞などのがん関連動脈血栓症に関する治療は未確立である。そこで本研究課題においては、基礎と臨床の両面からがん関連脳梗塞の病態を明らかとする。がん関連脳梗塞において、臨床像と血液データを組み合わせた脳梗塞発症を予知するマーカーや新たなスコアを開発する。開発コホートのデータから、がん診断後2年以内の虚血性脳卒中を予測する新たなスコア(CASスコア)を作成した。ROC解析のc統計量より、CASスコアは、Khoranaスコアよりも優れた性能を示した。基礎研究では、担がん脳梗塞モデルにおいて、脳梗塞後のCXCL-1, IL-6値が上昇し、STAT3シグナル活性化を認め、これらのシグナルががん関連脳梗塞の病態増悪に関与していることが示唆された。
網野 真理
アブストラクト
研究報告書
東海大学医学部 循環器内科(救命センター 救命救急科)不全心に対する放射線治療を用いたリバースリモデリングの試み100
近年、心室頻拍/心室細動(VT/VF)に対する新たな治療法として、体幹部定位放射線治療(SBRT)が注目されている。外科的処置を必要とせず、約15分で照射が完了するため、患者に低侵襲なアプローチである。これまでの研究では、重粒子線照射が心筋梗塞ウサギモデルにおいてVT/VFの誘発性を軽減することが示されてきた。本研究の目的は、アドリアマイシン(ADR)による心不全モデルを用いて、低線量重粒子線が心筋のリプログラミングを促進し、心機能を回復させる可能性を検討することである。具体的には、心筋障害の軽減効果や分子生物学的変化を評価する。NZWウサギを用いた実験では、重粒子線照射後、心電図検査や心臓超音波検査においても有意な改善が確認された。遺伝子解析では、p53やCx43の発現が増加し、心筋のリモデリングに寄与する可能性が示唆された。治療効果の持続性や安全性についてのさらなる研究が必要である。
市村 創
アブストラクト
研究報告書
信州大学医学部 外科学教室 心臓血管外科学分野自家iPS細胞由来心筋細胞を用いた心筋再生療法の実用化研究100
増加する心筋梗塞後心不全に対する新たな治療法として、多能性幹細胞(ES細胞/iPS細胞)由来心筋細胞を用いた心筋再生療法の可能性が注目されている。
本研究の目的は、ヒトに近いカニクイザルを用いて慢性心筋梗塞モデルにおける自家iPS細胞由来心筋細胞移植治療の有効性と安全性を明らかにすることである。
カニクイザル皮膚組織よりiPS細胞を作製、心筋細胞の分化誘導を行う。作製した心筋細胞を、心筋梗塞後12週が経過した慢性心筋梗塞モデルカニクイザルに自家、もしくは他家移植し、移植後の免疫応答、グラフト生着の程度を評価する。生じた免疫反応の状況に応じて、免疫抑制剤の必要性および使用薬剤、使用量などを検討する。
自家移植、他家移植、Vehicleコントロール計15頭のカニクイザル試験を実施した。各群3頭は細胞移植後4週、残り2頭ずつは移植後12週で心摘出を行った。現在組織解析を進め、近日中に論文投稿を予定している。
上田 和孝
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部付属病院 循環器内科心不全における心臓周囲脂肪組織と心臓間の組織連関の分子メカニズムの解明100
最近の臨床研究では、PeAT肥大と心不全、冠動脈疾患、不整脈などの様々な心疾患との間に強い関連性があることが明らかにされている。本研究では、マウス圧負荷モデルを用いて、PeAT肥大が病的な心臓リモデリングを増悪させる新たな病態メカニズムを解明した。我々は、肥満環境において肥大したPeAT内でのLipolysis障害が、圧負荷下での心不全の発症において重要な役割を果たすこと、そしてLipolysisを回復させることで心保護効果が得られる可能性があることを示した。これらの知見は、心不全の進行に関する新たなメカニズムを示唆するとともに、心不全治療における心臓周囲の脂肪組織代謝を標的とした新たな治療戦略の可能性を示すものである。
扇田 久和
アブストラクト
研究報告書
滋賀医科大学 分子病態生化学心血管系老化における低分子量Gタンパク質の新たな作用機構100
超高齢社会を迎えた日本において、老化による心機能低下や血管疾患の発症は急増している。これらの疾患は生活の質の悪化や健康寿命の短縮に関連するだけでなく、寿命そのものを縮める原因にもなる。本研究では、低分子量Gタンパク質RhoAに着目し、心筋特異的あるいは血管平滑筋特異的RhoAコンディショナルノックアウトマウスを作製して個体レベルで心血管系老化のメカニズム解析を行った。その結果、RhoAは心筋や血管の老化を抑制する作用があり、その作用により心機能低下や心不全、腹部大動脈瘤の発症といった致命的な疾患の発症を抑制していることを明らかにした。さらに、心筋RhoAはパーキンの発現促進を介してミトコンドリアの機能維持を担っており、血管平滑筋RhoAはMAP4K4の活性制御によりErkの活性化を調節して大動脈中膜での炎症抑制、強度維持に関与しているという分子メカニズムも解明した。
大野 聖子
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター 分子生物学部早期再分極症候群の病態解明と新規治療薬開発100
早期再分極症候群 (ERS) は心電図での早期再分極と心室細動を特徴とする疾患で若年者突然死の原因となる。私たちは一過性外向きカリウム電流 (Ito) のαサブユニットをコードするKCND3の機能獲得型変異の遅延した不活性化がERSの原因となり、キニジンが不活性化正常化に有効であることを報告している。そこでキニジンの代替薬として、Ito抑制効果のある選択的セロトニン再取り込み抑制薬 (SSRI) の一つであるフルオキセチンの変異KCND3に対する効果を調べた。
その結果、変異KCND3による遅延不活性化はフルオキセチンの投与により、濃度依存性に改善された。さらに10μmol/L程度の低濃度で、ほぼWTの場合と同様の不活性化に改善することがわかった。 
今後、iPS由来心筋細胞などを用いて、心筋活動電位へのフルオキセチンの影響等を調べる予定である。
小尾 正太郎
アブストラクト
研究報告書
獨協医科大学 先端医科学研究センター心不全で特異的に出現する線維芽細胞の機能を解明する100
心不全は現時点では増加し、予後が不良な心不全患者がいまだに多いのが現状である。そこで新たな治療標的の探索が必要とされている。
心臓1細胞解析から心不全患者に特徴的な細胞集団を同定し、その集団ではTRPV4を高発現していた。また、ノックダウン実験よりTRPV4が細胞の活性と分化を制御していることが分かった。そこで本研究では、TRPV4下流の新たなシグナルの同定を試みた。TRPV4と結合する因子としてARRB2が挙げられ、現在同定実験を行っている。また、ARRB2がTRPV4の刺激で細胞質から核内に移行すること分かった。ARRB2の刺激でCTTNB1が活性化することが報告されており、今回新たにTRPV4の刺激でCTTNB1が活性化することが分かった。以上の結果より、TRPV4-ARRB2ーCTTNB1のシグナルにより細胞の分化と活性を制御していることが新たに分かった。今後さらに細部を検討することにより新たな心不全治療が開発されると期待できる。
酒井 宏冶
アブストラクト
研究報告書
国立感染症研究所心臓オルガノイドを用いたウイルス性心筋炎の包括的研究100
新型コロナウイルス(SARS2-CoV-2)の主な病態はウイルス性肺炎であるが、心筋炎を含む心臓障害も報告されている。ウイルス性心筋炎の病原性発現機序は詳細には解明されていないため、ヒトiPS細胞由来の心臓オルガノイドを用いることで、SARS-CoV-2等による心筋炎の病態発現機序を詳細に解析した。心臓オルガノイドにおいて、SARS-CoV-2株間でウイルス増殖能に有意な差があり、臨床で病原性が強かったAlpha株、Gamma株、Delta株では増殖性が高いことが明らかになった。シングルセル解析により、感染細胞と非感染細胞の遺伝子発現の違いや、感染の進行段階ごとに細胞群が識別され、ウイルスに対する心筋細胞の異なる感受性が浮き彫りとなった。また、感染によって特定の遺伝子発現が増減することが確認され、新たな治療標的の候補となる遺伝子が特定された。
貞廣 威太郎
アブストラクト
研究報告書
筑波大学医学医療系 循環器内科拡張不全型心不全の線維化機構解明と革新的治療法の開発100
我々は心臓線維芽細胞から直接心筋細胞を誘導する「心筋ダイレクトリプログラミング法」を開発し、心筋梗塞マウス、収縮力が低下した心不全マウスにおける心臓再生と、心臓線維化と心臓機能の改善に成功した。心不全は収縮力が低下した心不全と、拡張不全に二分されるが、これまで、有効な治療法のない拡張不全にもこの方法が適用できるかは不明であった。そこで本研究では、心臓線維芽細胞において心筋リプログラミング遺伝子の発現を薬剤投与によって自由に制御できる遺伝子改変マウスを開発し、このマウスを用いて、心筋ダイレクトリプログラミングにより、拡張不全の線維芽細胞から心筋細胞が再生し、心臓線維化と心臓機能が改善することを明らかにした。さらに、心筋リプログラミング遺伝子の一つであるGata4遺伝子が心臓線維化治療に重要であることを発見し、Gata4遺伝子単独の遺伝子導入による、心臓線維化改善効果を介した拡張不全の治療法を開発した。
清水 逸平
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター研究所 心血管老化制御部内在性選択的老化細胞除去システムによる動脈硬化性疾患リバース法の開発100
選択的老化細胞除去(セノリシス)効果を発揮するハーブC及び成分Cは老化細胞で補体経路を活性化させ、老化細胞を除去することがわかった。老化細胞特異的補体経路活性化マウスを開発し、内在性老化細胞除去システムの構築を目指した。プロテオミクス解析を含む検討により、補体防御因子抑制を介したMAC形成により選択的老化細胞除去効果が発揮されることが明らかになった。成分Cが補体防御経路を抑制するメカニズムの解明、in vitro及びin vivoのセノリシス・ライブセルイメージングを目指し、in vitroの系は開発が完了した。in vivoの系は遺伝子改変動物の作製を含め進行中である。引き続き遺伝子改変動物を用いた検討を行うことで、老化細胞特異的補体経路活性化による老化細胞除去が個体に与える影響の検討を行うことが可能となる。
清水 峻志
アブストラクト
研究報告書
昭和大学臨床薬理研究所心臓老化におけるPERKとPD-L1の役割の解明100
本研究は、加齢による心筋細胞の老化マーカーPD-L1の発現制御を、PERKシグナリングの観点から解明することを目的としています。PERKシグナリングがタンパク質恒常性を維持し、心保護作用を持つことが既に報告されており、本研究では特に老化マーカーであるPD-L1とSGLT2の発現に焦点を当てました。若年および高齢のPERKノックアウト(KO)マウスとコントロールマウスを比較した結果、高齢PERK KOマウスでのみPD-L1の発現が顕著に増加していることが確認された。さらに、PD-L1+心筋細胞では、タンパク質翻訳開始因子とPERK結合タンパク質であるFLNAの発現がRNAおよびタンパク質レベルで亢進していた。今後、老化マーカーであるPD-L1の発現がこれらの因子によってどのように制御されるかを解明する必要があり、研究成果は学会や学術誌で公表する予定である。
園田 桂子
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター メディカルゲノムセンターロングリードシークエンサーを用いたDSG2 compound heterozygous変異検出による、不整脈原性右室心筋症の遺伝的背景の解明100
不整脈原性右室心筋症(ARVC)の主たる原因はデスモソーム関連遺伝子である。我々は先行研究において、日本人ARVC患者では常染色体潜性遺伝形式をとるDSG2変異が最も多いことを明らかにした。しかし複数のDSG2変異を持つ15人の発端者では、家族のゲノム情報がないためcompound heterozygous変異か否か不明であった。そこで、我々はNanoporeシークエンサーを用いてamplicon-based long-read sequencing (LRS) によるハプロタイプ解析を行い、15名全員のDSG2変異がcompound heterozygous変異であることを明らかにした。これにより日本人ARVC発端者159人のうち、38人がDSG2のcompound heterozygous変異を有していることが分かった。潜性遺伝性疾患ではcompound heterozygous変異の確認は重要であるが、DSG2変異によるARVCは発症が遅く両親がいない場合があるため、変異を直接phasingできるamplicon-based LRSは大変有用であった。
竹内 純
アブストラクト
研究報告書
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 分子発生・口腔組織学分野胎児心臓・頭頸部形成異常を誘引する母体ストレスの催奇性研究100
近年、環境ホルモン(内分泌撹乱物質)の一つ、コルチゾールが母体の環境変化に伴う胎児形成異常を誘引する可能性が議論された。
母体ストレス依存して産生が高まるコルチゾールはRAと同様な分子機能を持ち、核内での標的遺伝子の転写制御も酷似している。そこで、直接的な影響を知るために構築した胎盤非依存型成育環境下で、デキサメタゾン(DEX)暴露を受けた胎仔は心血管・頭頸部の形成異常が生じることを見出した。両領域形成に重要な遺伝子群のうち頭部間葉系細胞で発現する遺伝子群の発言が減少、側板中胚葉の遺伝子群の発現亢進が見受けられた。特にCyp26群のエンハンサー領域でのヒストンH3k27ではトリメチル化されていた。一方、Nr2f1/2およびRaldh2遺伝子群のエンハンサー領域でのヒストンH3k27ではアセチル化が亢進していた。

辻 幸臣
アブストラクト
研究報告書
名古屋大学大学院医学系研究科 循環器先端医療研究学寄附講座心室細動ストームの成立機序:PDK4過剰発現の役割と治療標的としての可能性100
心室細動(VF)が成立するには通常、心室性不整脈が発生し、それがVFへ移行・維持する段階を経るが、その成立機序は必ずしも明らかでなく、また、関与する分子基盤の知見も乏しい。本研究では、VFの成立機序、特にVFへの移行・維持を促す分子メカニズムを解明するために、液体クロマトグラフ質量分析計を用いて、VFストーム家兎モデルの心室筋組織のプロテオーム解析を行った。1,938個の蛋白が同定され、106個の蛋白に発現変化が認められた。統合パスウェイ解析の結果、顕著な有意差をもって、ミトコンドリア機能異常が推測された。次いで、TCAサイクルと呼吸電子伝達系、ATP生成に加え、ケトン体分解、酸化的リン酸化、脂肪酸β酸化等、ミトコンドリア関連経路の多くが不活性化されていた。以上より、ミトコンドリア障害によるATP低下が、VFストームの病態に重要な役割を果たしていることが示唆された。
寺本 了太
アブストラクト
研究報告書
理化学研究所 生命医科学研究センター 応用ゲノム 解析技術研究チーム拡張型心筋症オミックスを用いた心筋変性機構の解明100
拡張型心筋症は、Lamin A/C遺伝子(LMNA)変異による場合、徐脈性不整脈と心筋線維化を伴い重篤化する。本研究では、ゼブラフィッシュlmnaノックアウト(KO)モデルを作成し、分子病態の解明を目指した。光学マッピング解析によりKO体では房室結節および心室の興奮伝導速度低下を確認し、RNAシーケンス解析ではカゼインキナーゼ2(CK2)のサブユニット(zgc:194210)の異常な活性化を検出した。さらに、zgc:194210のノックダウンやCK2阻害剤(Silmitasertib)の投与により、心筋Caイオン流および興奮伝導速度の回復が観察され、CK2経路の抑制がlmna変異による心筋障害を改善することが示された。これにより、LMNA変異DCMにおけるCK2の役割が明らかとなり、CK2阻害が新たな治療戦略となる可能性が示唆された。
名越 智古
アブストラクト
研究報告書
東京慈恵会医科大学 内科学講座 循環器内科心不全の病態における生体温度調節と代謝制御に関する基礎的・臨床的研究100
ナトリウム利尿ペプチド(ANP, BNP)のエネルギー代謝への関与が注目されている。本研究では、低温環境ならびに酸素欠乏環境が心筋細胞におけるBNP産生に及ぼす影響について検討した。仔ラット初代培養心筋細胞を低温環境で培養したところ、BNPmRNAレベルは低下傾向を示した。また無酸素環境では、BNP産生は有意に低下したが、再酸素化により回復した。メカニズムの一つとして、無酸素による心筋NHE1活性低下が関与していることが示唆された。心血管疾患の病態に関連する様々な因子の多くが、心臓におけるBNP産生を促進させる一方で、低温及び無酸素という二つの因子が、少なくとも心筋細胞単独に影響を及ぼした場合に、逆にBNP産生を抑制するということがわかった。心筋梗塞をはじめとする様々な心血管疾患において、単一の心臓組織内でも、無酸素領域と低酸素領域で心筋細胞の生物学的応答が根本的に異なる可能性が示唆された。
西山 崇比古
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学医学部 循環器内科塩基編集を用いた難治性心筋症の新規治療法の構築100
本研究では、Prime Editing (PE) を用いて心筋症の原因となる遺伝子変異の修復技術を構築することを目的としました。PEは、逆転写酵素とプライムエディターガイドRNA (pegRNA) を組み合わせることで、特定の塩基対の置換、挿入、削除を高精度で実現する遺伝子編集技術です。拡張型心筋症 (DCM) に関連するRBM20遺伝子の変異 (R634W, S635A, S637G, P638L) を対象に、HEK293細胞株を作成し、サンガーシークエンスにより正確な変異導入を確認しました。その後、遺伝子編集を行うために新規のプラスミド(gag-MCP-pol、gag-PE、MS2-epegRNA-Dnmt1)やウイルス様粒子を作成しました。最終的に、R634W と S635A 変異を持つ細胞株において、PEによる遺伝子編集が成功したことを確認しました。本研究は、PE技術の可能性を示し、特に心筋症の治療における応用の基盤を築くものです。
福田 大受
アブストラクト
研究報告書
大阪公立大学大学院医学研究科 循環器内科自然免疫からみた運動の動脈硬化抑制機序の解明と動脈硬化性疾患治療への応用100
冠動脈疾患の加療については、血管形成術が必ずしも患者予後を改善するわけではなく、血管形成術を主体とした治療方法は、変革期を迎えている。そこで重要になってくるのがリスク管理の強化と動脈硬化の基盤病態である慢性炎症に対する抗炎症治療の開発である。動脈硬化が血管の慢性炎症であることが明らかになって久しいが、有効な抗炎症治療方法は開発されていない。本研究は、核酸断片を介した自然免疫の異常活性化が、血管の慢性炎症と動脈硬化を惹起することに注目し、核酸断片の分解に寄与するDNase II(DN2)を介した新たな抗炎症治療の開発を目指すものである。今回の研究でDN2の欠損が動脈硬化を促進させることと、DN2の過剰発現がマクロファージの炎症性活性化を抑制することを明らかにした。
松島 将士
アブストラクト
研究報告書
九州大学大学院医学研究院 循環器内科学心筋炎症における細胞質ミトコンドリアDNA制御機構の解明100
本研究はミトコンドリア機能障害という観点から心筋細胞の細胞質にmtDNAが出現する機序およびその制御機構を解明し、新たな心筋炎症、心不全の治療法の確立を目指すものである。本100μM)添加により最大呼吸能の低下を認めた。H2O2添加により同様に細胞質ミトコンドリアDNAと小胞体ストレスマーカでの上昇も認めた。さらに、様々なタンパクの評価を行いゴルジ体形態維持に関連するタンパク群の変化を同定した。上記で同定したタンパクの阻害薬投与により心不全モデルマウスに投与したところ、心筋組織の酸化ストレスマーカの減少に伴い、左室駆出率の改善および左室拡張末期径の縮小を認めた。ミトコンドリア障害に伴う細胞質ミトコンドリアDNAに小胞体ストレスやゴルジ体制御が関連していることが示唆された。また、これらの因子に関わる新たなタンパクへの介入が心不全の改善につながる可能性がある。今後は炎症の変化の評価が重要と考えられた。

2023年度
循環医学分野 若手研究者助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
安藤 康史
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター研究所 心臓再生制御部ペリサイトを基点とした新たな脳梗塞急性期炎症調節機構の理解と創薬展開100
脳梗塞は主要な死因を占めるとともに要介護リスクが極めて高く、その制圧が強く望まれる。本研究では、役割が十分に解析されていない毛細血管を被覆するペリサイトに着目した研究を実施した。その結果、新たなペリサイトと周囲細胞との機能的連関が見出され、ペリサイトが急性期組織傷害の進展に重要な役割を担う可能性が示唆された。さらに、ペリサイトに作用して、脳梗塞病態を改善させる候補薬剤が見出され、臨床応用に向けた重要な基盤を形成することができた。
小泉 聡
アブストラクト
研究報告書
東京大学医学部 脳神経外科四次元位相コントラストMRIによる脳動脈瘤の弾性評価100
心拍周期中の血流変化を測定可能な4D Flow MRIが脳動脈瘤の弾性の評価に応用可能か検討した。25患者27脳動脈瘤を対象とした。4D Flow MRIを用い,動脈瘤の近位および遠位の血管断面で動脈脈波を測定し,入口面と出口面の間でのdampingの程度をaneurysm damping index(ADI)と定義するとADI測定は全例で可能であった。動脈瘤側のADIは対側脳血管におけるdampingよりも有意に大きく,動脈瘤に特異的なdampingが観察されているものと思われた。関連する臨床因子に関する多変量解析ではADIはβブロッカーの使用と正の相関,喫煙歴と負の相関を示した.提示手法は脳血管の弾性に着目した非侵襲的かつ定量的な解析であり,その臨床的有用性について今後さらなる検討が期待される。
江本 拓央
アブストラクト
研究報告書
神戸大学大学院医学研究科 循環器内科学分野大動脈弁狭窄症への先制医療の開発100
大動脈弁狭窄症(AS)は大動脈弁が動脈硬化性変化によって硬化し、左室から上行大動脈への血流が妨げられる病態であり、高齢化社会において増加し続けている。現在のところ、有効な薬物治療は存在しない。そこで、ASについて、シングルセルRNAシークエンス解析を行い、大動脈弁逆流症(AR)と比較することで、その特徴を捉え、治療標的を見出すこととした。シングルセルRNA解析から、AS症例ではAR症例と比べ、スカベンジャー機能を有するレジデントマクロファージの割合が減少する一方、単球が多く浸潤していることが分かった。またNK細胞の集積を認めた。病理学的所見からは、AS症例の石灰化周囲にマクロファージの集積が見られ、マクロファージ機能への介入は、大動脈弁狭窄症に対する今後の新たな治療ターゲットになりうる。また、CHIPによる層別化が有効である可能性が示唆された。
片桐 美香子
アブストラクト
研究報告書
東京大学大学院医学系研究科 循環器内科シングルセルマルチオミックス解析による心臓サルコイドーシスの新規バイオマーカーの同定100
サルコイドーシスは、原因不明の全身性肉芽腫性疾患であり、詳細な病態機序は不明である。本研究の目的は、心臓サルコイドーシス患者の空間的解析で観察される組織学的特徴と、末梢血液中単核細胞 (PBMC) のシングルセル解析で見出した免疫細胞の変化から、新規バイオマーカー・治療ターゲットを検索することである。
心臓組織の空間的解析では、肉芽腫にはマクロファージと活性化したリンパ球が増加していることが観察され、様々なサイトカインを発現していることを明らかにした。PBMCのscRNA-seq解析では、活性化CD8 T細胞が増加していた。血漿プロテオーム解析では、免疫細胞の活性化や遊走に関連する因子の上昇と治療による低下を認め、組織中のサイトカインを反映している可能性が考えられた。今回の結果から、これまで注目されていなかった細胞集団の疾患への関与が明らかとなり、ステロイド抵抗性症例に対する新規治療法の確立へと繋げていきたい。
小林 洋輝
アブストラクト
研究報告書
日本大学医学部 内科学系 腎臓高血圧内分泌内科学分野新規BMP拮抗分子に着目した糖尿病における心筋細胞の線維化機構の解明100
本研究では、腎保護作用を持つBMP-7の拮抗分子であるNBL1が、糖尿病性心筋症における線維化進展にも関与する可能性を検討した。NBL1ノックアウト(KO)マウスを用い、ストレプトゾトシンで糖尿病性心筋症モデルを作成したところ、コントロール群と比較して、糖尿病群の野生型(WT)マウスでは、血中NBL1濃度および心臓組織におけるNBL1 mRNA発現が有意に増加しました。また、糖尿病群のWTマウスでは線維化関連遺伝子(Fibronectin、Collagen IV、CTGF)の発現が増加し、NBL1 KOマウスではその発現が抑制されました。これらの結果は、NBL1が糖尿病性心筋症の線維化進展を促進する因子であることを示唆しています。
蕭 詠庭
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター研究所 心血管老化制御部選択的老化細胞除去による動脈硬化治療法の開発100
加齢に伴い全身の臓器で老化細胞が蓄積する。本研究は、選択的老化細胞除去(セノリシス)による心房細動リバース法の開発にある。ハーブ成分等、食材として日々摂取できるものからセノリシス効果を有する物質を探索する。選択的老化細胞除去システムとして特に補体経路に着目し、心房細動モデルマウス、各種細胞実験、バイオインフォマティクスを用いた包括的検討を行う。昨今、我々は自発的に心房細動を発症するマウスモデルの作製に成功しました(特許出願準備中)。この心房細動マウス(Tgマウス)は、ストレスや治療なしで、早ければ生後5週齢で心房細動の症状が発見した。さらに、老化内皮細胞(HUVEC)で低濃度のCD59中和抗体をHUVECに投与すると若いHUVECには影響がないものの、老化HUVECが死滅することもわかった。また、老化HUVECが死滅関連の補体経路による細胞障害が生じにくい機序の解明もわかった。
谷 英典
アブストラクト
研究報告書
慶應義塾大学 循環器内科 心臓病未来治療学共同研究講座ヒトiPS三次元心組織を用いた心不全の新規病態、治療法の開発100
本研究では、高脂肪酸およびNOS阻害剤添加培地下でHFpEFモデルヒト心臓組織を作製し、心不全の新規病態メカニズムの解明や治療薬の探索に応用することを目的とした。
HFpEFモデルにおいて拡張期持続時間/収縮期持続時間の比が優位に増加していることを確認し、拡張機能障害が誘発されることが示唆された。次に、免疫染色によりHFpEFモデルの組織では線維化が誘導されていることを明らかにした。さらに、タイチンのアイソフォームが柔らかなN2BA型より硬いN2B型が優位になり、コラーゲンが3型よりも1型優位になることで、拡張機能障害の原因として組織の硬化が関与していることが示唆された。
本研究は、in vitroにおける心臓組織の拡張機能不全の再現性研究のスタンダードとなりうるものであり、今後の新たな治療法の開発に応用されることが期待される。
中尾 元基
アブストラクト
研究報告書
北海道大学大学院医学研究院 循環病態内科学光遺伝学を用いた効果的な心房細動光除細法の開発100
光遺伝学を用いた心房細動の光除細動効率を向上させるため、チャネルロドプシン2(ChR2)を心房筋に発現させたトランスジェニックマウスを対象に研究を行った。活動電位の各時相での光刺激が活動電位持続時間(APD)および有効不応期(ERP)に与える影響を検証し、再分極相での光刺激がAPDとERPを最も延長し、光除細動効果を最大化することを明らかにした。さらに、再分極相で短時間パルス光を用いることで効率的に心房細動を停止できることを確認した。この結果から、活動電位再分極相での光刺激が光除細動の有用性を高める重要な要因であることが示唆された。
花田 保之
アブストラクト
研究報告書
宮崎大学医学部 機能制御学講座 血管動態生化学教室血管周囲基質の動的な力学特性に着目した血管新生制御機構の解明100
血管新生は、既存の血管から新しい血管が出芽して伸長し、新しい血管網を形成する現象であり、正常な組織形成や、虚血、腫瘍などの病態と深く関わる。血管新生における血管伸長と内腔形成は、ほぼ同時期に起こるが、その統合制御機構は不明である。本研究は、独自の微小流体デバイスによる血管新生再現実験系を用いて、新生血管の内側(血圧)と外側(血管周囲基質の硬さ)の力学的バランスに着目し、血管伸長と内腔形成の統合制御機構を明らかにする。内腔形成後の血液流入に伴う過剰な新生血管の拡張は、血管伸長を抑制するが、一方で生体内では、ペリサイトが血管基底膜の形成を促進することで、血管周囲を物理的に補強し、過剰な血管拡張を抑えることで血管伸長を促進することがわかった。人工的な血管周囲基質の硬化は、この促進機構を模倣する。本研究は、血管新生の新たな生体力学的制御機構を明らかにするとともに、新規の制御技術の可能性を示唆する。
平井 健太
アブストラクト
研究報告書
岡山大学病院 小児科川崎病の冠動脈微小環境における時空間トランスクリプトミクスによる創薬基盤研究100
川崎病は、最初の報告から50年以上経過した現在でも血管炎が起こる原因は不明である。治療法として免疫グロブリン療法(IVIG)があるが、川崎病患者の24.4%はIVIG治療抵抗性であり、炎症が遷延すると巨大冠動脈瘤を生じ、冠動脈破裂や心筋梗塞により若年突然死のリスクとなる。本研究では、川崎病の病態解明と新規治療薬開発のために、川崎病モデルマウスの心臓由来細胞を用いて、IVIGの有無による経時的なsingle cell RNA-seqを行った。冠動脈炎の惹起により、CD177陽性の活性化好中球の増加を認めた。エンリッチメント解析を実施したところ、IVIGにより細胞死や血小板活性化の関連遺伝子は抑制されていたが、NF-κB経路や好中球の血管内皮へのmigrationに関連する遺伝子群は抑制されていなかった。我々は本研究で得られたデータを活用することで、川崎病に最適化したAI薬効予測モデル(GDTrans-KD)を独自に構築し、新規治療薬候補の検証を進めている。
三木 健嗣
アブストラクト
研究報告書
大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点 オルガノイド生命医科学小児心臓組織検体の空間オミクス解析と疾患 iPS 細胞を用いた拡張型心筋症の病態解明100
拡張型心筋症(DCM)は、左室の収縮不全と左室内腔の拡張を特徴とする心筋症であり、特に小児DCMは小児心筋疾患で最も多く、診断後1年で約26%、診断後10年で38%が死亡、あるいは心臓移植到達と極めて予後不良である。申請者が所属する研究室ではこれまでの小児心臓移植の実績から複数の小児DCM患者の心臓組織検体を有している。本研究では小児DCM患者の心臓組織検体の空間オミクス解析、シングル核解析及び疾患ヒトiPS細胞由来成熟化心筋組織を用いたアプローチで拡張型心筋症の病態解明と治療法の探索を実施する。
吉岡 望
アブストラクト
研究報告書
新潟大学医歯学総合研究科 脳機能形態学分野心筋細胞におけるタンパク質凝集体の構成分子と形成機序の解明100
Dystonin(DST)は、細胞構造の維持や細胞接着に寄与する細胞骨格連結タンパク質であり、神経型のDST-a、筋肉型のDST-b、皮膚型のDST-eという3種類のアイソフォームが存在する。筋肉型のDst-bアイソフォームに特異的な遺伝子変異マウスでは、p62やユビキチンを含むタンパク質凝集体の形成を伴うミオパチーや心筋症を発症する。本研究では、Dst-b変異マウスの心筋細胞に形成される蛋白質凝集体の形成機序と構成分子の検証した結果、異常タンパク質のリフォールディングに関わる小胞体ストレス応答や、分解処理に関わるオートファジーの変動を明らかにした。さらに心筋組織からタンパク質凝集体を含む核分画の精製法を確立した。

2023年度
循環医学分野 若手研究者継続助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
池田 昌隆
アブストラクト
研究報告書
九州大学病院 循環器内科心血管疾患におけるフェロトーシスを基軸とした病態解明と治療法の開発100
フェロトーシスは鉄依存性に生じる脂質過酸化により誘導され、鉄キレート剤、脂質親和性抗酸化剤、GPX4により抑制されることを特徴とする細胞死である。本研究は、ドキソルビシン(DOX)心筋症と心筋虚血再灌流傷害(I/R)におけるフェロトーシスを基軸とした病態解明と治療法の開発を目的とした。DOX心筋症では、1) ミトコンドリアを端緒としたフェロトーシスが最も優位な心筋細胞傷害の基盤であり、2) mtDNAに集積したDOXとヘム合成障害により生じた鉄過剰が協調してフェロトーシスを誘導すること、3) 5-アミノレブリン酸がヘム合成を促進し、過剰鉄、脂質過酸化およびフェロトーシスを抑制すること、を明らかにした。I/R傷害では、ヘム分解を通じて生じた小胞体の鉄過剰に基づくフェロトーシスが主たる傷害基盤であり、鉄キレート剤デフェラシロクスが心筋虚血再灌流傷害に対する新規治療戦略となることを明らかにした。

2022年度
先進研究助成 研究成果報告書

(五十音順、敬称略)
研究者名所属機関研究課題助成額
(万円)
猪原 匡史
アブストラクト
研究報告書
国立循環器病研究センター 脳血管部門 脳神経内科脳梗塞の発症を促進する東アジア特有の遺伝・環境要因の解明1,000
RNF213関連血管症は頭蓋内動脈狭窄を来す東アジア固有の脳梗塞病型である.本研究により,RNF213 p.R4810Kバリアントは冠攣縮性狭心症の強いリスクであることも明らかとなり,RNF213は循環器病の鍵遺伝子であることが明らかとなった.本研究により,RNF213 p.R4810Kバリアント保有者の脳血管障害発症に関連する環境因子として抗TPO抗体,遺伝要因としてFHの遺伝子バリアントが同定された.これにより,抗TPO抗体や脂質異常症がRNF213バリアント保有者における治療ターゲットとなる可能性があることが示された.さらに,ラクナ梗塞・脳出血例に,希少難病CADASIL(皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症)の原因となるNOTCH3バリアントが潜在する可能性を見出した.以上,本研究により,本邦の脳卒中の主要病型の発症に影響を及ぼす重要な環境要因や遺伝子バリアントが明らかとなった.
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